音楽

2015年2月22日 (日)

【追悼】アルド・チッコリーニ氏

【追悼】アルド・チッコリーニ氏

Images 前世紀70年代後半だったか私にとってエリック・サティピアノ曲全集のレコードで決定的な意中のピアニストとなったアルド・チッコリーニ氏が今月2月1日にパリ郊外のご自宅で永眠されたということでした。ニュース記事⇨サティ・ブームの火付け役! フランスの世界的ピアニスト、アルド・チッコリーニ氏が死去
この全集には、チッコリーニ氏が指揮棒を振っての《メデューサの罠》というサティの不条理劇が特典として丸ごと収められていて、その何とも言えない可笑しさが忘れられません。
ピアノ曲にも、そんな可笑しい作品があるかと思えば、まるでステンドグラスの様な色彩の和音の連なりから成る〈『天国の英雄的な門』への前奏曲〉に代表されるサティが謂わば座付音楽家として関わっていた「薔薇十字団」に纏る秘教めいた作品や、《スポーツと気晴し》のような日常の様々なワンシーンワンシーンにさり気なく思わず微笑みを誘うような短い言葉と洒落た動画を付けたような作品から、〈犬のためのぶよぶよした前奏曲〉といった奇妙な題名の曲(ドビュッシーの〈牧神の午後への前奏曲〉への風刺か?)や、「壁掛の音楽」とか、永遠にリピートし続ける不思議な音楽(〈ヴェクザシオン〉)まで、いろいろありましたが、そのどれもがチッコリーニ氏の手にかかると、薫高い芸術へと昇華されるのでした。 この全集の写真掲載の参考サイト⇨こちら
当のサティと言えば、晩年はシュルレアリストたちとの交流からシュールな映画にも登場し、そのエキセントリックなキャラクターを披露してくれてました。懐しい! このルネ・クレール監督の映画『幕間』についての参考サイト⇨こちら

サティのみならずドビュッシー作品の演奏も私は好きで、いつまでも思い出せば聴きたくなる本当に素晴らしい演奏の記録の数々を遺してくださいました。感謝申上げます。(ああ、懐しい、懐しい...)

 

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2013年3月 7日 (木)

〈子供と魔法〉の魅力と字幕付演奏会形式上演への期待

来る4月28日と5月3日、ラ・フォル・ジュルネでの字幕付演奏会形式によるラヴェルのオペラ〈子供と魔法〉の上演に寄せる私の期待は大きい。
演奏会形式の利点は、聴手[ききて]が視覚的要素から解放されてダイレクトに音楽そのものから作品世界への想像力を膨らませることができるという点だ。
と言うのも、この作品ほど、「聴いて感動、観てがっかり」というギャップが生じる恐れの高い作品はないのではないだろうかと思えるからだ。
実際私は、子供の頃この作品が好きで、舞台は知らずに、何度も聴いて想像を膨らませては、この作品世界のイメージを想い描いていて、最近になって(と言っても20年も前)やっと舞台上演に出会うことになり、そうしたギャップを幾度か経験したのだった。この作品の舞台は本当に難しいだろうなあと今も思う。

ラヴェル自身かなり実現不可能な理想を抱いていたようだ。
ラヴェルの友人でヴァイオリニストのエレーヌ・ジュルダン=モランジュは著書『ラヴェルと私たち』の中で書いている。
以下、引用

1926年2月10日付けコレット宛のラヴェルの手紙

……25日ブリュッセルに足をとめました。ここではモネ一座(訳注:オペラ座)が『イタリア式練習』を一回計画してくれました。あなたがもし強い感動をお好きなら、ここへきてみることです。ここでは綱で宙吊りにしたとんぼや、すずめ蛾や、こうもりをごらんになれますよ。わが国の国立劇場では危険なしには行われないようなことをね!

ポール・コランによる最後の舞台装置は、オペラ・コミーク座初演の時のものとはまったく性質を異にしていた(それはこのお伽噺にはるかによく調和していた)が、それでもまだラヴェルが夢みていたものとは違っていた。かれは子どものイメージによる動物、無邪気な目を通して変形された動物が望みであったのだろう……劇場では実現不可能な着想だ。ただ、動画[アニメーション]だったら、実物のデフォルマションを高揚して超自然的なものにするあの種の独特なファンタジーのおかげで、いろんな品物にひそんでいる生命の幻影を、うまく出すことができるかもしれない。
「動画」にした動物たちはほんとうに可愛らしい! ワルツを踊るとんぼの物憂げなポーズを、壁の上の猫の恋しそうな目を、小さなリスの人をくった様子を、考えてごらんなさい。それから、数字たちは真面目くさった算数の本から脱け出して、どんなサラバンド(ママ※)を踊るのだろう! また、夜の庭や、火や、炎や、灰なども私の目に浮かぶ。それは、舞踊家がいかに熱狂的にモスリンの衣装をひるがえしても、とうていこの感じを出すことはできぬものなのだ。人間が模倣すれば、何でもが具体的になってしまい、縮小されてしまうからだ。だが、この夢のような舞台装置のなかに、いかにして音楽とコーラスを適応させるか? これがラヴェルの熱望に制約を加えていて、ぜひとも解決せねばならない問題であった。アイデアは早くもラヴェルを熱中させていたのである。いつの日かこの奇跡を見ることを期待しよう。これが実現すれば、きっとコレットはこの試作を喜んだであろう。だが、彼女は自分の注文を表明する機会も与えられなかったし、意見を聞かれもしなかったのである。※(管理人註)実際のオペラの中で数字たちによってサラバンドが踊られることはありません
 音楽会では、マニュエル・ロザンタルが国立放送管弦楽団を指揮して、《子供と魔法》の忘れがたい名演奏を聞かせてくれた。ラヴェルのこの曲はまことに暗示に富んでおり、雨蛙、とんぼ、こうもり、その他に扮した可愛い女性たちにすがらなくても、夢想家たちを「月光に濡れ、夜鳴鶯が虹色に輝く」庭に飛翔させるに十分である。
 演奏会のたびごとに、この曲こそはラヴェル芸術の頂点であるという確信を、聞くひとにもたらすのである。

  〜『ラヴェルと私たち』E.ジュルダン=モランジュ著 安川加寿子・嘉乃海隆子共訳 音楽之友社

引用、以上。
理想の形はアニメーションではないかと私も思い、音大受験生の頃、手塚治虫アニメ映画祭のような催しがあった折に、アンケート用紙に「ラヴェルの〈子供と魔法〉をアニメーション化してください」と書いたことがある。確かに「この夢のような舞台装置のなかに、いかにして音楽とコーラスを適応させるか? これがラヴェルの熱望に制約を加えていて、ぜひとも解決せねばならない問題」であるだろうし、また、舞台上でオペラ歌手たちが自身の肉体をもって歌い演じているその臨場感の凄さみたいなものは失われてしまうだろうけれども...。
その催しではよく知られた「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」の他に「ある街角の物語」のような手塚治虫氏の実験的な作品も一緒に上映され、離れ離れになってしまったお母さんを求めてレオが海を泳いでいく場面で、夜空の星々がお母さんの形になって、それに向かってレオが必死で泳いでいくシーンと共に、氏の実験作品は、その美しさに感動して涙を流すほどだったが、観客はほとんど子供たちで、大の大人が気恥ずかしいというかいたたまれない気もしないでもなかった。後でわかったことだけど、その会場には友人で作曲家の小杉卓也君もいたのだ。小杉君から私と全く同じようなその体験談を聞かされた時には思わず笑い転げてしまったが、勿論彼を馬鹿にして笑ったのではなく、同じ会場に居合わせて、子供たちばかりのその会場で同じように涙を流して感動しながら同時に居心地の悪さみたいなものも感じていたということになんだか嬉しいやら可笑いやらで笑ってしまったのだったが、ラヴェルのアニミズムの世界は私たちの世代には親しく、また、さらに言えば、「一寸のいのちにも五分の魂」を想起するまでもなく、自然に対する畏敬の念と愛情とともに生きていた先住民からの遺伝子が、ラヴェル的世界に共振するのかもしれないとも思う。

ところで、この〈子供と魔法〉を「子供向けの作品」と思っている方はいるだろうか? 確かにコレットは「私の娘のためのバレエ」として書いたのだけれど、ラヴェルとのコラボレーションで生まれたオペラ〈子供と魔法〉は、ただ単に子供向けに子供に合わせて作られたものでは決してないと思う。
この作品はまるで私たち現代人のために書かれた作品のようだ。
このオペラの中での「子供」は傷ついたリスを助けたことによって最後には自然(動物たち)に受入れられるのだが、放射能を撒散らし、化学物質を垂流し、散々自然を痛めつけてきた現代人はどうなるのだろう? 
子供は人間の原型であり、大人は皆嘗て子供だった。否、今も大人の皮を被った大きな子供なのかもしれない。
嘗てサレジオ教会にお供させて頂いたテノール歌手のダルタニャン・ホニオ氏の、その時の氏の言葉を私は思い出す。「人間は人間として生まれてくるのではない。人間になるために生まれてくるのだ」

芸術作品は観想の対象として今私たちの目の前にある。

ラヴェルの〈子供と魔法〉は、人間存在の本質的意味とは何なのか、そんな深遠なテーマでさえ、お洒落で軽やかに、楽しく、時に神秘的に、時に魅惑的に、そして限りなく優しい響きで、私たちを包み、その秘密をそっとおしえてくれる...。

思えば今日3月7日はラヴェルの誕生日。
おめでとう、ラヴェル!
ありがとう、ヨセフ!

註:ヨセフ(ジョゼフ)はラヴェルの父の名であり、ラヴェルの出生名は「ジョゼフ・モリス・ラヴェル」。

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2009年1月22日 (木)

宇宙へのノスタルジー〜武満徹:アステリズム〜

人は皆、嘗て、星のかけらだった。
 だから人は、時に、宇宙へのノスタルジーを抱く。
星の生成と超新星爆発による終焉のダイナミックな宇宙のドラマを音楽で体感する。
曲の終盤、途方もなく長大なクレッシェンドと大爆発、その後に訪れるたとえようもなく不思議な安らぎと郷愁は、私たちがこの宇宙の子供であることを思い出させる。
この作品の偉大な創造者は、この作品を生んだのはご自身の ノイローゼだ とおっしゃっていらした…それが今解る気がする。





 

 


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2004年7月23日 (金)

オーヴェルニュの歌(1)

 先日(7月11日 墨田トリフォニー小ホール)室内アンサンブルのBouquet des tons の委嘱で編曲したカントルーブの「オーヴェルニュの歌」が初演された。これは作曲家のカントルーブが郷里のオーヴェルニュ地方の民謡を採取したものをソプラノと管弦楽のために編曲したものに基づくもので、つまり編曲の編曲ということになる。ただし、「編曲」と称される分野にはいろいろあって、このカントルーブの場合、これはもうカントルーブという作曲家の作品であると言える次元のものであるだろう。今回の僕の「編曲」とは、あくまでもそのカントルーブの内容に沿ったもので、ほぼ、異なる編成のためだけの編曲であると言える。つまり別の「編曲」の可能性として、カントルーブは無視して、同じ民謡のメロディーに全く異なる編曲を施すこともあり得たのである。例えばベリオによってなされているキャシー・バーベリアンのための「フォーク・ソングス」の中でのように。それは楽器編成のみならず和声付けも異る「ベリオの作品」となっている。でも今回そのようなことはしなかった。
 僕がそのような「編曲」をしなかったのは、依頼主のBouquet des tons(以下BDTと略記)からそうした求めがなかったことにもよるが、僕自身もそれはしたくなかった。全5巻27曲すべてを、(いや、それに留まらず、カントルーブはこのオーヴェルニュ地方の民謡の他にバスク地方の民謡も採取編曲しているのだが、それらも含めて)やらせてください、と無理を承知で言ったほど僕はこのカントルーブの作品をかなり愛しているのだ(バスク地方のも含めてと言ったのには別の理由もあるが、それについてはラヴェルについてのエッセイの時に譲る)。
 ともかく、編曲の参考のために、あらためて何度も何度も「オーヴェルニュの歌」を聴く時間が持てた。かなり幸せな仕事だった。前から思っていたことだが、全曲を通して聴いていると、これは羊飼いたちのオペラなのではないか、という気がしてくる。
 真っ先に編曲したいと思った歌がある。でも、すぐに断念した。「バイレロ」。
 この音楽(カントルーブのオーケストレーション)からは、山々の間から草原に差す明るい陽光や川のせせらぎや羊飼いの笛なんかが聴こえてくる。BDTの編成では全く別世界になってしまうだろう。
「羊飼いさん、野は花盛り。こっちへ来ない?」
「川が二人を隔てて渡れない」
 川を挟んでの問答歌だ。
「バイレロ」を聴くと、歌とは瞬間の永遠化なのだと思えてくる。(つづく) 

 

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2004年7月10日 (土)

永遠の響き〜追悼 金田真一

 5月17日に打楽器奏者で作曲家の金田真一君が亡くなってから七七日が過ぎた。お通夜でお別れしたにも関わらず、まだ僕の中では、ドアを叩けば声が聴こえてきそうな、そんな気がしてならない。
 彼とはピアノとの即興演奏の共演の経験がある。Enigmaというタイトルで公開で2度、個人宅の私的音楽会で1度。Enigma I〜IIIがあるのだ。その1度目の頃、確か打ち合わせの時だったと思うが、彼から1巻のデモテープをもらった。その場で早速ラジカセで聴き始めた。1曲目は「南の島の歌」という彼お手製のサントゥールとリコーダーによるデュオの小品。それはタイトル通りの雰囲気と明るい開放感に充ちた素敵な楽しい演奏だった。好感を持って、さて次の曲はと期待に胸を膨らませて2曲目を待った時、彼は「次の曲は後で一人で聴いた方がいいです」と言って再生を止めてしまった。言われた通りその日の夜にそれを聴いた。彼の言った意味がなんとなく解ったが、マリンバとコンピューターによる静謐ながら極めてハイテンションの曲である。後で彼から聞いた話での「適当に楽器並べて多重録音して応募したら通っちゃった」という、それがフランスの国際作曲コンクールに入選した作品であったと僕は記憶している。僕は彼の音楽の神髄は彼の即興演奏の中に在ると思っているが、常に新しい自分の音楽「That's Next」を追求し、共演者が変われば音楽も変わったが、彼の即興演奏自体は本質的に一貫して変わらなかったと思う。このマリンバとコンピューターによる音楽からお通夜で弔問の皆さんに配布された「波紋」に至るまで。より純度が増し、優しさが加わったかもしれないけれど。
 打楽器を使う作曲の度に彼が念頭にあったと思う。奏法上の技術的アドバイスも幾度となく受けたこともあった。それにオペラ談義もした。10年以上も前のことだが、僕が環境問題から端を発して構想していたオペラが座礁してしまっていた頃だ。オペラのテーマとしてのその問題について意見を聞いたが、その時は結局終末論に終わってしまった。釈然としないままそれから話すこともしばらくなかったが、その後彼はオペラ「地球にやさしい子供」を発表した。それがどんな作品かまだ僕は知らない。きっと彼一流の内容なのだろう。
 友人から聴いた話では、看護婦さんに「僕の音楽は一度聴いたら永遠に忘れることができない」と彼は言っていたらしい。「波紋」は正にそんな音楽だ。だから、一度聴いたらなかなかもう一度聴くことができないでいる。それは天の川を何度も観れない心境に似ていて、言葉にできない。
 これからの作曲を考えるにつけ、いかに彼を頼りにしていたかが判るのである。でも、もう彼に演奏を依頼することも、アドバイスを求めることも、お酒を酌み交わしながらオペラ談義をすることも出来ないのだ。
 でも、また会えたら会おう。今度は天の川の彼方で。

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