《ラヴェルの墓》

2016年4月10日 (日)

“木洩れ日”

クラヴサンのための〈前奏曲〉(.....木洩れ日)は、チェンバロ(=クラヴサン)という楽器、その音色そのもから発想された曲と言ってよいと思います。チェンバリスト(ピアニストでもある)猿渡紀子さんの委嘱によって《ラヴェルの墓》より第1楽章“天国の鳥”が初演された同じコンサートにて初演されました。



以下、当日プログラムより転載。

髙橋 喜治:クラヴサンのための前奏曲(.....木洩れ日)

 チェンバロの猿渡紀子さんの委嘱に応えての小品。森の散策の音楽。タイトルの(.....木洩れ日)はドビュッシーの「前奏曲集」に倣って曲の終わりに書かれています。秋の色彩豊かな木の葉による光の幻影がクラヴサン(チェンバロ)の音色から自然に呼び起されましたが、それは遠い記憶の彼方の「森の散策」に繋がって行きました。

転載、以上。



クラヴサンのための前奏曲(.....木洩れ日)
チェンバロ/猿渡 紀子




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2016年4月 9日 (土)

“天国の鳥”

“天国の鳥”


Tengokunotori_2

以下、引用。


《ラヴェルの墓》より 第一楽章 “天国の鳥”

 この作品を鷲谷サトさんの想い出に捧げます。


鷲谷サトさんへ

 鷲谷さん、お元気でいらっしゃいますか? 
 ぼくは鷲谷さんからアイヌ民謡を教えて頂きました。一介の無名の作曲家に過ぎないぼくに鷲谷さんさんはほとんど知っていらっしゃる全ての歌を授けてくださったのではないでしょうか? それだけではありません。鷲谷さんが民謡の旋律を基に萱野茂さんの助けを得られてご自身でアイヌ語の詩を付けられた“アイヌ ネノアン アイヌ”に込められた思い(人間らしい人間として共に生きて行きたい、共に歩いて行きたい という思い)は、今の私にはこの世界の宝物と言えるくらいに輝きを放っているのです。
 ご近所の川に棲む鳥のことをいかにも愛おしそうに語られていましたね、鳥が飛び立つ時の仕草のことなどを。アイヌの踊りには鳥を模したものがありますから、鷲谷さんは、「こうした身近な所にいる鳥をよく観ることでも踊りの参考になるよ」と。
 鷲谷さんが亡くなられたことを聞いてしばらくしてからですが、ぼくは鷲谷さんはタ(踏舞と訳されるアイヌ伝承舞踊)を舞いながら鳥になって天国に昇って行かれたのだろうか と一瞬想像しました。そのようなユカㇻをぼくは知っていたからです。
 また、「侵略」について多くのこと考えさせられました。
 悲しいことに、人類は戦争という野蛮から未だに卒業できないでいます。
 日本は終戦後間もなくしてこの戦争を永遠に放棄することを誓いました。憲法はその誓いの書であり、何よりも軍国日本が侵略を犯してきたアジアの人たちへの確かな謝罪の証明でありました。アイヌ民族への侵略はもっと古くからのものでした。そして今からちょうど10年前に漸く北海道旧土人保護法が撤廃され、「アイヌ新法」が成立しました。その少し前に国会で萱野先生のアイヌ語が響いたこともまだ記憶に新しいことです。(その萱野先生も5月にお亡くなりになりました。そちらでお会いしていらっしゃるのでは...?)
 それなのに、今世紀はじめに9.11があり、米大統領の「これは新しい戦争である」という号令から、日本も完全に大きく狂ってきてしまいました。永遠の誓いも空しく、その崇高な誓いそのものを放棄しようという動きが増してきてしまいました。平和を祈る全世界の人たちは悲しんでいます。鷲谷さんもきっと悲しんでいらっしゃることでしょう。
 鷲谷さん、ぼくは今回のこのBouquet des Tons の皆さんからの委嘱をとても意義深いことであると思いました。Bouquet des Tons の皆さんは音楽によって平和への祈りを捧げている人たちだからです。それに今回ラヴェルの時代の戦争の前後に作曲されたぼくの大好きなラヴェルの作品の編曲と同時にぼく自身の作曲をさせて頂けたことも大変光栄なことでした。時代の流れに連れて人の趣向や考えも変わるでしょう。しかし、時と場所を超えても響き合う事ごともあるのだと思います。音楽はそのような心の連鎖を可能にする力を秘めているのだと思います。
 最後にこの作品《ラヴェルの墓》より 第一楽章 “天国の鳥”の成り立ちについての秘密のひとつを打ち明けます。
 鷲谷さんのことを思いながら始めた作曲でしたが、その途中でぼくは綿井健陽さんのドキュメンタリー映画『Little Birds - イラク 戦火の家族たち- 』を観ました。米軍の攻撃によって殺されたサクバンさん一家の3人の子供たち。そのお墓に「おとうさん泣かないで わたしたちは天国の鳥になりました」ということばが...。
 溢れるものがメロディーをより確かな形へと向かわせて行きました。
 そうです。“天国の鳥”のメロディーは正にこのことばを歌っているです。

 鷲谷さん、まだまだ話は尽きません。またきっとどこかでお会い出来ますことを信じています。その時はまたぼくのへたくそなイヨハイオチㇱを聴いてください。それまでどうかお元気で...。本当にありがとうございました。

                     2006.6.30 髙橋 喜治


▼是非読んで頂きたい鷲谷サトさんに関する本:「母と子でみる沖縄戦とアイヌ兵士」橋本進 編 
 
▼是非観て頂きたい綿井健陽監督ドキュメンタリー映画のDVD:「Little Birds -イラク 戦火の家族たち- 」  安岡フィルムス



Bouquet des Tons Vol.18 当日プログラムより若干訂正の上引用、以上。



作曲:高橋 喜治
《ラヴェルの墓》より第1楽章 “天国の鳥”
演奏:Bouquet des Tons




 

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2016年3月26日 (土)

“三羽の美しい天国の鳥たち” - ラヴェル週間 -

高橋喜治編曲によるラヴェルの《子供と魔法》の楽譜PDF無料配信は5日前の21日に終了しましたが、もう少し「ラヴェル週間」は続けます。



“三羽の美しい天国の鳥たち” 
- ラヴェル週間 -


●「志願兵ラヴェル」について

志願だろうが何だろうが、戦争は、それを画策し実現に向け執行した者以外の者は人間以外の動物・自然も含めて、すべて被害者です。とは言え、社会的な同調圧力のようなある種の「空気」に突き動かれされてしまうということもあります。支配者による情報操作(世論誘導)と洗脳によって一般の人たちが動員されてしまうのです。その中のある人たちは支配者の無意識的な共犯者ということにもなりましょう。しかし、想像してみてください。極端に選択肢が狭められ、出征か否かの二者択一を究極的に迫られてしまうような情況を!

私は戦争を完全否定する者ですが、私たちは、そうした過去の時代の情況を、その実相を、冷静に見極める必要があると思います。

1915年、40歳の時、ラヴェルは入隊を自ら志願したのですが、それに関して私は、2006年、室内アンサンブルのBouquet des Tonsのために書下した委嘱新作《ラヴェルの墓》より第一楽章“天国の鳥”と〈クラヴサンのための前奏曲〉(.....木洩れ日)、委嘱編曲 ラヴェルの組曲《クープランの墓》(オリジナルピアノ版全曲)、それにラヴェルの合唱曲《三つの歌》より第二曲“三羽の美しい天国の鳥たち”の編曲が発表されたコンサートの当日プログラムに寄せたノートから、まず、“三羽の美しい天国の鳥たち”のプログラムノートを転載させて戴こうと思います。

以下、引用。(一箇所だけ「、」(点)を訂正追記しました)


モーリス・ラヴェル “三羽の美しい天国の鳥たち”

 

 1914年から1918年にかけて第一次世界大戦が興りましたが、ラヴェルは戦時色が徐々に強まって来る中で、ピアノ三重奏のための「三重奏曲」を遺作のつもりで書き上げました(1914年)。この時ラヴェルは入隊を決意していたのです、既に兵役免除であったにも関わらず。ところが、志願兵として兵役検査を受けますが、体重が足りない 身長が足りない 虚弱体質である などのいろいろな理由でなかなか入隊を許可されません。あげくの果てに友人である大臣ポール・パンルヴェに曲を献呈して、そのコネでなんとか空軍に(飛行士ならば体重が軽くてもOKだろうという思い込みから)入隊を許可されるように謀るのでした。その曲がこの無伴奏混声合唱のための「三つの歌」第2曲の “三羽の美しい天国の鳥たち”(1915年2月完成)なのです。詩はラヴェル自身が書いています。

 結局のところ空軍は叶わず、やっとのことで1915年3月14日にトラック運転手として入隊し、1917年6月の仮除隊まで戦地に赴くこととなったのです。

 私はこの執拗なまでの志願に対して疑問を感じていたのですが、今回、フルートの齊藤佐智江さんにお願いしてラヴェルが書いたこの曲の詩を新たに訳して頂いたのですが、それを読んで一瞬にして(一瞬でしたが)その謎が解けたような気がしました。



三羽の美しい天国の鳥たち

 

三羽の美しい天国の鳥たち

  (私の大切な友は、戦場にひとり発ち)

ここを通って行った、三羽の美しい天国の鳥たち


一羽は、空よりも青く

  (私の大切な友は、戦場に赴く)

二羽めは、雪のように白く

三羽めは、あざやかに赤く


「美しい天国の小鳥たち

     (私の大切な友は戦場へ発ち) 

 美しい天国の小鳥たち 

 ここから何を運んで行くの?」


「私は紺碧のまなざしを届けます

     (戦場に行ったのですね、君の大切な友)」

「雪のように美しい額に、私はいまもなお清らかなキスをしなければ...

  天国の赤い鳥

    (私の大切な友は、戦地にひとり)

  天国の赤い鳥  何を運んで行くの?」


「深紅の美しい心

     (君の大切な友は戦場に...)」

「ああ! 私の心が凍てついてゆく

   どうか持っていっておくれ、私のこの心も」


~「Bouquet des Tons Vol.18」当日プログラムノートから 061108
  参考文献

 

引用、以上。© Copyright by Sachie Saitoh


この時はBouquet des Tonsのフランス語が堪能な齊藤さんにラヴェルの詩の訳をお願いしたのでしたが、以下に原語も掲載して置きます。



Trois beaux oiseaux du Paradis


Trois beaux oiseaux du Paradis,
(Mon ami z'il est à la guerre)
Trois beaux oiseaux du Paradis
Ont passé par ici.

Le premier était plus bleu que ciel,
(Mon ami z'il est à la guerre)
Le second était couleur de neige,
Le troisième rouge vermeil.

"Beaux oiselets du Paradis,
(Mon ami z'il est à la guerre)
Beaux oiselets du Paradis,
Qu'apportez par ici?"

"J'apporte un regard couleur d'azur.
(Ton ami z'il est à la guerre)"
"Et moi, sur beau front couleur de neige,
Un baiser dois mettre, encore plus pur"

"Oiseau vermeil du Paradis,
(Mon ami z'il est à la guerre)
Oiseau vermeil du Paradis,
Que portez-vous ainsi?"

"Un joli cœur tout cramoisi ...
(Ton ami z'il est à la guerre)"
"Ah! je sens mon cœur qui froidit ...
Emportez-le aussi".


二連目では、bleu(青) neige(白) rouge(赤) ー と、フランス国旗の三色で愛国心をちらつかせているようにも思えますが(※)、肝腎なのは、「大切な友」がひとり戦地に在ることへの切々な想いが歌われていることでしょう。これはラヴェルの心の真実を歌っているのでしょう。

※:「愛国心」と言うより、ラヴェルは「自由・平等・博愛」をモットーとして尊重していたようです。

実はこの時、彼の弟エドワールをはじめ、彼の友人たちは、既に出征していたのでした。

ラヴェルはと言えば、彼は小柄でしかも虚弱体質、前述のように兵役免除ですらあったのですが、何とか入隊するべく奮闘した痛々しくなるほどの姿が、様々な記録からは浮かび上がって来るばかりなのです。

彼は、愛する弟、それに友人たちを差置いて、自分が「兵役免除」という優遇された立場に身を置くことを自らに許せなかったのです。


【おすすめYouTube】
ラヴェル作詩作曲《三つの歌》より第二曲
♪“三羽の美しい天国の鳥たち”♪
(オリジナル)




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2009年1月19日 (月)

☆「ラヴェルの墓」第二楽章“陽溜りの中で微笑む天使”完成

 来る3月7日のBouquet des Tonsの演奏会で初演が予定されている新作“陽溜りの中で微笑む天使”が三日前に完成しました。
 また、同じ演奏会で発表予定のラヴェルのボレロの編曲も完成。
 今日はBouquet des Tonsの皆さんの初合わせだそうです。

 この後私は内谷貴志さんご依頼の組曲《THE FLUTY TIME TRAVEL》の残りの曲と、ピアノ曲の作曲にかかります。

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2008年12月28日 (日)

☆『ラヴェルの墓』〜伝達可能な音楽への希求〜

「伝達可能な音楽」とはメシアンの語法で、それはカトリシズムにおける神学的言語の音楽化と言えるでしょう。
 大学時代にベートーヴェンのピアノソナタのアナリーゼで「音楽における表意性」とご講義されたのは間宮芳生先生でした。音楽が意味を伝達し得る。先生曰く、「ベートーヴェンの音楽 イコール イデオロギー」でした。

 私はカトリック信者でもベートーヴェンでもないし、音楽=イデオロギー と 頑なに思っているわけではありません(音楽の遊びの要素も大事という意味で)。しかし作曲家の仕事とは、生涯をかけて独自の言語体系を創り上げること、それに近いことなのではないかと思っています。まだまだ私はそれを成し遂げてはいません。しかし、それを目指してこれからも生きて行きたいと思います。
 それに、シャーマンが活躍していた先住民の時代から、音楽は演劇や舞踊と未分化なかたちで、意味を伝達し得ていたと思います。今、音楽を考えるときに、そのような根源的な意義を、音楽それ自体の中に蘇らせたい、と思っているのです。ただの懐古ではなく、現代にその意義を活き活きとしたかたちで蘇生させ、社会的なインパクトになるような「美」としたいのです。

 平和について考えます。
「平和」とは、「戦争のない世界」でなければ、それは自己中心的な偽善でしょう。
「自由と正義のために」武力で侵略し、殺戮 破壊を行うことが、決して平和に繋がり得ない。それはイラク戦争によって証明され、同盟国として加担してしまったこの国 日本によってもまた証明されることになるのではないでしょうか。

 国として殺戮に加担してしまったのであり、確実にイラクの民間の子供たちも親たちも「殺されてしまった」のであり、「取返しのつかないこと」を国は既にしてしまったのです。亡くなった人は還りません。

 一方国内では医療費が払えないお年寄りが病で亡くなられたり、自殺されたり(国内の自殺者数は年間3万人以上と言われています)、また、犯罪によっていのちを狙われたり、戦争に協力してしまったがために、「現代のワシントンの大首長」のように、ただ「同じ国だから」というだけで報復の対象とされたり、倒産やリストラで職を失う人が溢れ返りそうですし、やはり深刻な生存の危機に見舞われています。

 対外的な罪に加え、国内では国民が生存を脅かされるといった二重悪を犯している。結局、何一つとして良いことのない政治で、おかしいとは思いませんか? 

 未だにその政治責任も果たさず深い反省もないままの小泉政権(今もその延長に変わりない)も、その時に出された奇妙な裁判員制度も、決して許してはいけないと思うのです(アフガニスタンについても、それがたとえ給油だけだと言われていても)。これは別に偉くもなんともない極当たり前な極ふつうの人としての良心の問題だと思うのですが。

 権力の暴走と侵略への護符であった憲法をないがしろにしてしまった政治の罪は極めて重いと思います。

 しかし私がこのような意識に至ったのには、2003年の沼田鈴子さん、それに1997-98年の今は亡き鷲谷サトさんとの出会いが、強く影響しています。憲法の意義や大切さも、それまでは今ほどに解っていなかったでしょう。

 沼田鈴子さんについてのおすすめ本:「ヒロシマ 花一輪物語

 鷲谷サトさんについてのおすすめ本:「沖縄戦とアイヌ兵士

 関連既載記事:「三冊の本

 作曲進行中の『ラヴェルの墓』は、2006年7月に第一楽章“天国の鳥”が初演されました。もうすぐ完成する第二楽章“陽溜りの中で微笑む天使”が来年3月7日 ラヴェルの誕生日に初演が予定されています。

 標題付の多楽章の交響曲或いは交響詩の一楽章づつを発表しているような感覚ですが、編成はBouquet des Tonsのみなさんによるアルトフルート(第一楽章ではフルートでした) ヴァイオリン チェロ チェンバロによる四重奏です。

 曲は、上記の鷲谷サトさんのことが書かれている数少ない貴重な本「沖縄戦とアイヌ兵士」(橋本進氏編)をベースに、戦争と平和の過去 現在 未来を内的に把(とら)え、五つの楽章ごとに象徴される「意味」から、いのちの「祈り」へと至ること、「御水取り」の中心意義としての「悔過」に音楽で少しでも近づくことです。重いテーマですが、これこそ今、一音楽家が人としてやらなければならないテーマであると思います。aynu neno an aynu

 どうか完成をお守りください。

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2008年10月28日 (火)

☆『ラヴェルの墓』

 2006年7月1日、すみだトリフォニー小ホールに於ける Bouquet des Tons Vol.18 で第一楽章“天国の鳥”が初演されましたが、これに続く楽章を THE FLUTY TIME TRAVEL (前の記事参照)と同時に作曲しています。これは来年3月7日 ラヴェルの誕生日に行われる Bouquet des Tons Vol.21 で初演が予定されています。
 第一楽章の初演について、私は、「これは私の反戦だ」と友人に言ったことがありました。イラク戦争のツケは金融危機 そして世界恐慌への そして第三次世界大戦への不安となって、私たちにふりかかってきました。
 全体の構想は最初の4楽章の計画から5楽章へと変わりました。ニシカワアンサンブルのための『ホアル』と現代邦楽グループ「真珠」のための交響曲『大地の歌』がやはり5楽章でしたが、どうも4楽章では不足で、どうしても5楽章になってしまうようです。すわりがいいというか、心の求めるかたちがそのようなのです。
 しかし来年3月7日は種々の事情から全曲の発表ではなく、つづきの楽章の初演にとどまります。
 いずれにせよ、今年残された時を、<THE FLUTY TIME TRAVEL>と共にこの<ラヴェルの墓>と寝起きを共にすることになります。

 ところでこの「ラヴェルの墓」の「墓」についてですが、これは「お墓」そのもののことなのではなく、亡くなった芸術家を偲んで書かれた文芸作品や音楽のことなのです(tombeauを仏語辞書で引いてみてください)。
 詩人のマラルメに「ボードレールの墓」という詩があります。そして作曲家のラヴェルに『クープランの墓』がありますが、私の『ラヴェルの墓』はそれに倣って付けられた名です。
 2006年の第一楽章初演の時点ではメインタイトルを「エピタフ」、サブタイトルを「ラヴェルの墓」としましたが、誰も「エピタフ」とは呼んでくれないし、全体としては必ずしも「エピタフ」が相応しくもないだろうと思い直し、サブタイトルはなしにして「ラヴェルの墓」とひとつの題に絞ることにしました
(註:各楽章毎の標題もあります)

 心の中で反戦を叫んでいるものの『ラヴェルの墓』については「反戦」という一言で切り取れる音楽では決してないと思っています。音楽とは「すべて」であり、不可視(或いは不可聴?)の領域についての新しい認識の鏡、そして作曲とはその鏡の世界を生きる(或いは死ぬ)ことなのだ、と思っています。そして私は来年「再生」を願うことになるでしょう…。

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