« 〈ラ・ヴァルス〉 - ラヴェル週間 - | トップページ | “三羽の美しい天国の鳥たち” - ラヴェル週間 - »

2016年3月21日 (月)

ラヴェルの遺言?! - ラヴェル週間 -

ラヴェルの遺言?! - ラヴェル週間 -

今日はラヴェルが第一世界大戦に志願兵として戦地に赴くに当って「遺作のつもりで作曲された」とされる《三重奏曲》:Trio について触れたい思いましたが、その本題に入る前に、前回触れました〈ラ・ヴァルス〉について、もう少し書いて置こうと思います。

♪〈ラ・ヴァルス〉♪


ラヴェルを知る書として私のおすすめの一冊に、これまでにも何度かそこから引用もさせて戴きましたヴァイオリニストのエレーヌ・ジュルダン=モランジュ女史の『ラヴェルと私たち』があります。

以下、『ラヴェルと私たち』より引用太字は高橋が追記)

(《ラ・ヴァルス》について)ラヴェルは語っている「私はこの曲をウィンナ・ワルツの大詰めのようなものとして頭に描いた。それは私の中で、幻想的で宿命的な、渦巻く水流の印象と混り合っている。私はこの〈ラ・ヴァルス〉を1855年ごろの皇帝の宮廷という背景のなかに置いた」(原注:自叙伝スケッチ) 〜p.209

「渦巻く黒雲の間の裂目を通して、ワルツを踊る大勢のカップルがかいま見られる。雲は少しずつ散っていき、旋回する人の群がいっぱいにあふれた大広間が認められる」(原注:プログラム梗概)
 
そしてラヴェルは、この「旋回」のなか、この組織的な渦巻きのなかで、その眩暈の主としてとどまっている。「夢、夢ではあるが、左右均整の妙をきわめ、すべてが行為であり脈略である夢!……そもそもどんないかめしい法則の数々がここで夢を見ているのか。自分ら法則が明瞭な顔の形となった夢、現実の存在と非現実の存在と叡知によって知りうる存在とがミューズの力に従って、いかに溶けあい一つになるかを、人間どもに示そうとする意図において自分ら法則がすべて一致しているという夢を」
(原注:ポール・ヴァレリー『魂と踊り』伊吹武彦訳)〜p.212

『隠れ家、隠れ家、おお、私の隠れ家、おお、「渦巻よ!」
 おお、動きよ、私はお前のなかにいた。すべての物のそとに!』(原注:同書)〜p.213

引用、以上。


●反体制ラヴェル

ジュルダン=モランジュ女史はポール・ヴァレリーを引用して〈ラ・ヴァルス〉の本質を見事に示唆しています。意味深な言葉であると思いますが、これを間違ってもラヴェルの権力志向などと把(とら)えてはならないでしょう。ラヴェルの素顔について知るには、既述の『ラヴェルと私たち』と共に、マニュエル・ロザンタール氏の証言が纏められた『ラヴェル:その素顔と音楽論』がおすすめです。ラヴェルは近代市民としての感覚を持った作曲家でした。何よりも公平であることを重んじ、権力の齎す不条理に対しては公に抗議することも辞さない人であったことは押えておきましょう。第一次大戦時志願兵だったとしても戦争を肯定していた訳ではありませんでしたし、戦中、音楽家の権威スジ(サン=サーンスなど)が持ちかけたドイツ音楽排斥運動(後註参照されたし)にもきっぱりと背を向け、戦後は国からのレジョン・ドヌール勲章を突っぱねた気骨の人でした。

後註:既述の『ラヴェル:その素顔と作品論』の付録「戦地からの手紙」に詳しく、フランス国内においてドイツ音楽を禁止する旨の声明文「フランス音楽を擁護するための国民連合の声明文ーーわが国におけるフランス音楽の保護と外国でのフランス音楽の普及をめざして」の全文と、それとは全く異なる考えのため全く賛同できないという反論のラヴェルの手紙全文が掲載されています。声明文は、今の私たちから見ても酷い内容なのですが、その署名欄には次の氏名が連ねられています。名誉会長として、カミーユ・サン=サーンス、テオドール・デュボア、ギュスターヴ・シャルパンティエ。委員として、ヴァンサン・ダンディ、ザヴィエ・ルルー、シャルル・ルコック、ポール・ムニエ、ルシアン・ミルヴォア、代議士一同、芸術関係の国会議員グループの代表一同。書記として、ジャン・プエイユ。発起人代表として、シャルル・タンルック。
しかし、サン=サーンスについてラヴェルは、一貫して敬意を表していて、彼のオーケストレイションについても「建築学的に堅牢に作られている」と高評価しています。


本題に入ります。そんなラヴェルが、第一次大戦直前に「遺作のつもりで書いた」と言われる《三重奏曲》:Trio です。全4楽章から成りますが、その内の第三楽章“パッサカリア”:Passacaille…

♪III “Passacaille” de 《Trio》♪


全曲はこちらで…
♪《Trio》♪



〈ラ・ヴァルス〉:La Valse に話は戻りますが… ラヴェルの言う「私はこの〈ラ・ヴァルス〉を1855年ごろの皇帝の宮廷という背景のなかに置いた」と言う「1855年ごろの皇帝の宮廷」とは、オーストリア皇后としてエリーザベトが即位した(1854年4月)時期と重なります。『ラヴェルと私たち』の中でジュルダン=モランジュ女史は「ラヴェルは昔のウィーンが特に大好きであった。それは、あの政治体制が軽佻浮薄でありながら、そのなかに宮廷風な礼儀と節度を維持していたからである」とも書いているし、ラヴェル自身「ヨハン・シュトラウスを讃える」とも言っているのですが、実際〈ラ・ヴァルス〉を聴いた後で、果たしてそうした言葉を額縁通りに受取ることが出来るでしょうか?

本ブログ既掲載の《子供と魔法》の記事の時にも書きました、「この作品はまるで私たち現代人のために書かれた作品のようだ」と。私には〈ラ・ヴァルス〉も(残念ながら)極めて現代的主題として解釈されるのです。殊に今に至っては、世界の支配と搾取の構造、その全貌が、世界の誰の前にも、明らかになり得る時代が到来しているのです。
ドビュッシーがオペラ《ペレアスとメリザンド》において、崩壊に向う王制と共に、極めて人間性豊かに(多分に神話的要素に接近しつつも)新しい市民感覚の止揚に成功し得たように、それ以降の新しい潮流の中にラヴェルもまた独自なスタイルで存在していたという訳です。

〜..〜〜..〜〜..〜〜..〜〜..〜〜..〜〜..〜〜..〜〜..〜

♪ラヴェルのファンタジー・リリック《子供と魔法》

 嘗てびわ湖ホールさんの委嘱により室内オーケストラ用に編曲しましたことから、このブログ「風の耳」にてラヴェルのオペラ《子供と魔法》の内容 (コレットの台本和訳)の一部をご紹介しましたが、そこにオーディオ(MP3TUBE)を添え、且つその箇所に当る私の編曲版楽譜PDFを公開しました。 PDFは春分の日までとの既述でしたが、一日延長いたします(春分の日の振替休日の21日月曜日まで)。

台本及び楽譜PDFと併せ試聴が出来るページ  

2013年5月19日(日)
ラヴェル:《子供と魔法》「羊飼いさんたち、さようなら」

2013年5月1日(水)
ラヴェル:《子供と魔法》「貴女は薔薇の心」

2013年5月29日(水)
ラヴェル:《子供と魔法》「嗚呼、おまえに会えてなんて嬉しいのだろう、庭よ!」

尚、音源はびわ湖ホールの館脇昭さんより戴きました金沢公演ライヴ録音のCDよりの抜粋です。館脇さん並びに関係者の皆さんに感謝申上げます。

|

« 〈ラ・ヴァルス〉 - ラヴェル週間 - | トップページ | “三羽の美しい天国の鳥たち” - ラヴェル週間 - »

□楽譜」カテゴリの記事

★編曲」カテゴリの記事

おすすめYouTube」カテゴリの記事

おすすめ本」カテゴリの記事

ドビュッシー:《ペレアスとメリザンド》」カテゴリの記事

ラヴェル」カテゴリの記事

ラヴェル:《子どもと魔法》」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/31162/63373660

この記事へのトラックバック一覧です: ラヴェルの遺言?! - ラヴェル週間 -:

« 〈ラ・ヴァルス〉 - ラヴェル週間 - | トップページ | “三羽の美しい天国の鳥たち” - ラヴェル週間 - »