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2016年3月28日 (月)

《クープランの墓》- ラヴェル週間 -

《クープランの墓》- ラヴェル週間 -

前回の話は恐らく、右翼や愚劣と醜悪を極め尽くした今の政権の方々にとっては、「戦争美談」としての利用価値の高い話だったかも知れませんね。でも…

ラヴェルと私たちはラヴェル自身がそうであったように、あなた方に「No!!」(駄目よ!!!)を突付けます。しかも安倍晋三は憲法違反のみならず刑法第77条違反により「死刑」が確定されています。正常に法が機能しているのなら、安倍晋三のような馬鹿者が、次々と人々を殺していける法は、無いのです!!!
 Reflets dans l'eau:戦争法実施は認められない! これ以上安倍の暴走が放置されるということは、少なくとも日本の終りを意味する。

さて、本題に入ります。

ラヴェルは戦場に行きました。トラック運転手として。
戦闘地に医療物資や食料物資を届ける任務です。とても危険な任務でした。何度か死ぬ思いを経験したようですが、赤痢になり、その上、母の死が追討ちをかけ、彼は完全に打ちのめされてしまいます。

以下、Bouquet des Tons Vol.18 の当日プログラムノートから引用させて戴きます。

モーリス・ラヴェル クープランの墓

 「クープランの墓」の最初の僅かなスケッチは1914年ですから、ラヴェルが志願兵として戦場に赴く前に既に計画はあった訳です。しかし完成は、戦争による友人たちの死と病気の母の死を経て精神的にも肉体的にもどん底の状態で軍から仮除隊を受けた後転がり込んだドレフェス婦人(ラヴェルの弟子ロラン=マニュエルの母)宅で成されました。「友人たちは、彼が物も言えないほど茫然自失して、あらゆる同情を拒絶してしまっているのを見出した。自分の感情を全く表に出さず、どのような慰めも受けつけようとしない迷える子の気持ちを、彼らはなんとかして紛らわそうとした。」(ロラン=マニュエル)
 最もラヴェルを打ちのめしたのは母の死でした。ラヴェルは母を崇拝していたようです。彼の母はバスク人でしたので、小さい時から母を通してバスク的なものを吸収して育ちました。友人たちに「ぼくはバスク人だ」と彼が言う時は誇りに満ちていたようです。彼は入隊した年の9月に赤痢に罹りました。兵役を終えて健康も取り戻したら愛する弟と一緒に母のもとで楽しく過ごしたいと病床で考えていました。しかし結局は自分は母に心配かけるだけかけて病気の母の傍にいてやることもせずに戦争に行ってしまったことを強く悔やみました。
「クープランの墓」はラヴェルの「自伝的素描」によれば「18世紀フランスの伝統音楽に対するオマージュ」ということになりますが、一曲一曲は戦死した友人たちの想い出に捧げられていますし、公言はしていないものの母の死への堪え難い思いへの貢ぎ物という意味も内在しているのではないでしょうか。
 実際に聴き比べればクープランの音楽とラヴェルの音楽のその実態はまるで別物であることは明らかです。装飾音の仕方ひとつとってもです。タイトルの「クープラン」とは18世紀フランス伝統音楽の言わば代名詞だったのでしょう。それでも、逸話によればラヴェルは第3曲の“フォルラーヌ”を書くにあたってクープランの同名の“フォルラーヌ”を手慣らしに書き写したということです。ラヴェルは完璧な造形(伝統に則った形式美)の中に思いや感情を解き放ちたかったのです。
 私は第1曲目の“プレリュード”が一番好きです。ラヴェルが遺作のつもりで書いたという「三重奏曲」のあからさまなバスク的リズムや拍子の拍節構造などは影を顰めてはいますが、もっと潜在的に非近代ヨーロッパ的な何かが、単に五音音階的であるとかということではなく、音の形の中にあるような気がしています。「バスク」は他のどの言語とも系統的繋がりのない謎の言語(構造的にアイヌ語に似ているとも言われてます)を話すヨーロッパの先住民ですが、バスクの古い風習の中には例えば日本のお水取りの儀式に似ているものがあるのだそうです。それに、おそらくケルトの影響でしょうが、墓標などに見られる装飾された所謂「バスク十字」。その装飾のない古い元の形は日本の地図などで記されるお寺の印 卍(まんじ)とよく似ています。これは「死」を意味するそうで、意味も同じであると言えます。と言ってもこの曲は決して暗いイメージではなく、爽やかな風にバスク十字的紋様が気持ちよく旋回しているような優しい気持ちを想い起こさせます。
 2曲目の“フーガ”はクープランの時代の形式というよりは、私たちのような音大作曲科を受験する者がフランスのメソードで学ぶ「学習フーガ」の形式に近いものがあります。私たちが学んだメソードはラヴェルの時代には既に確立されていたものなので、このことは、この曲が戦死した友人とラヴェルの青春時代と無縁ではないということなのかも知れません。

引用、以上。

後註:「お寺の印 卍(まんじ)」は「吉祥」を意味するサンスクリット語の頭文字であるそうです。また、バスク十字はバスク語で「ラウブル」:Lauburu といい、その起源は相当古いようです。フランス語の墓を意味する「トンボー」:Tombeau は故人を偲ぶ作品に付けられる「号」のようなものでしょう。



【おすすめYouTube】
ラヴェル作曲 組曲《クープランの墓》
オリジナルピアノ独奏版


ジャン=フィリップ・コラール/ピアノ


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