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2013年11月12日 (火)

秋の随想 その1(追記あり)

メインのホームページが震災のあった年2011年の11月でストップしていましたが、漸く復活しました。と言ってもまだまだ未完成です。

風の足跡などは旧ページと新に作り直してるページとが併存した状態ですが徐々に新たな方へと直して行きます。

楽譜や試聴ページがあった.macの音楽工房Amakaneのページは、昨年6月一杯でのMobilMeの終了と同時に消滅してしまいましたが、バックアップはちゃんととってあり、装いを変えて新に作り直しています。が、今度は音楽工房Amakaneのページではなく、高橋喜治のホームページ内に作ります。

そんな訳で、まだ暫くお見苦しい点あるかと思いますが、どうかご容赦ください。

世界中に異常な空気が流れていて秋の情緒に浸っている余裕もなかなかなく落着かない日々が続いていますが、ここで少し振返ってみようと思います、時の過去るのを惜しむかのように...。


♪2013年11月3日(日) 大倉山記念館第四集会室
 アンサンブル大倉山 in 大倉山 秋の芸術祭2013
  アカペラコーラスによる歌の集い

アンサンブル大倉山の皆さんとは、嘗て委嘱を受けて組曲を書かせて頂いていた飛永悠佑輝さん指揮する女声合唱団Asukaの皆さんが2006年の11月にかなっくホールで寮美千子さんの詩による〈雨月夜〉と〈月への翼〉を初演くださった時の伴奏ピアニストがいつもの飛永さんの奥さん 美保子さんではなくアンサンブル大倉山のリーダー成光勝さんの奥さん 直子さんだったのでしたが、その折にご主人がアカペラのコーラスを為さっているというお話を伺い、それなら曲を提供いたしましょう ということで、それ以来のご縁なのですが、今回は、飯島星(実姉)と実家の母と義姉を誘って大倉山公園を散策しながら会場へと向いました

   (写真右の歩道の先に会場がある) Okurayamapark_2

大倉山記念館にはピアノが常設されている礼拝堂のようなホールもあるのですが、アンサンブル大倉山の皆さんの会場は第四集会室という、黒板のある小振の学校の教室のような部屋でした。ところが、これが流石に古代ギリシャ以前のプレヘレニック様式と東洋の様式とを融合させた古典主義建築の第一人者 長野宇平治(1867-1937)の設計による建築の為か、天井も高く、コーラスにとってはとても響きが良い。特に人の声の響きの波動は直に聴手の心に届き魂を共振させるようです。公式ページの施設概要ご参照ください。)

Okurayamakinenkan当日プログラム・ノートによると、アンサンブルの皆さんはこれまで外国の作品を手掛けることが多かった所為か、メンバーに「日本語禁断症状」が現れてしまわれたそうで、そのため今回は邦人作品に拘ったプログラミングになったということでした。

まず最初に坂本龍一さんの“CANTUS OMNIBUS UNUS”。
ラテン語のタイトルの意味は「歌は人々を結ぶ」で、歌詞もこの言葉のみの反復で成立っていたようです。言葉は旋律に乗って優しい呪文のように繰返され、美しいハーモニーがその言葉の意味通りに聴手の心をも結びつけ会場を神聖で平和に充ちた幸せな空気に変えてしまいました。
冒頭にこの曲をもって来たのはなかなか心憎いプログラミングだと思いました。

2番目は三善晃先生の子供の詩に曲を付けられた《小さな目》より “せんせい” “かめ” “先生のネックレス” “ひろちゃん” “みそしる” “やけど” “ピアノ” の7曲。
三善先生の合唱曲はひばり児童合唱団による《オデコのこいつ》をはじめとして子供の時から驚きをもって聴いていましたが、ここでもまた歌われている内容のその場の情景がありありと浮かび、楽しく、またちょっぴり切なくなるような、なんともいえない心地になりました。
こうした作品のみならず、実に多様な作品を書かれた大作曲家でした。
…先月お亡くなりになられたことがまだ信じられないでいます。

3番目はプーランクの《悔悟の時のための四つのモテット》より第四曲を欠いた3曲。第四曲はこの日のメンバーの人数によるためだということでした。それにしても難曲で、よくチャレンジされたものだと感心しましたが、これを聞くのは今回で2回目でした。

以下に、成光さんのプログラムノートからちょっと引用させ戴きます。

 1曲目は、罪ある人間が救いから見放され闇の中に放置されてしまった時に、神を頼みとしてひたすら祈り、神は逃れ場であり、助けであり、もし神の名を呼び続けていれば、心乱れることはない、という神への信頼を語っています。
 2曲目はキリストが人類を救うためにこの世に来たにもかかわらず、人々はキリストを十字架につけた。キリストは人類のために垣根を作り、石を取り除き、守りの塔を建てたにもかかわらず、人々はキリストを十字架につけた。この文章は、キリストの大いなる苦悩であり、悲しみであるでしょう。そして、人類はそのような悲しみを、人類を救ってくださった人に対して与えてしまったことに対する、大きな、まさに「悔悟」があるように思います。
 3曲目はキリストの最後の場面です。「私の神よ、私の神よ、どうして私を見捨てられたのか」と。そして、「父よ、私の魂を御手にゆだねます」が最後の言葉です。この死があって、そこに人類の救済が成就するわけです。聖金曜日のクライマックスとなるこのレスポンソリウムがあり、ミサでも福音書の受難のテキストが読まれ、キリストの死が完全なる「闇」となって象徴化されます。しかし、それだけでなく、その次に来る「復活」こそが、キリスト教の根幹をなす理念なのです。

引用、以上。

プーランクと言えば生粋のパリジャンで、洒落っ気と奔放さのイメージがあるかと思えば、こうした敬虔なクリスチャンとしての側面も強い(特に晩年は...)作曲家なのです。
20131103okurayama

4番目は信長貴富さんの 《季節が僕を連れ去ったあとに》で、同名の寺山修司の短歌集の中の十首を8曲に纏めた小曲集。
短い言葉に付けられた音の構成・その彩が本当に面白く、私にはそれが言葉を超えているように思えました。まだ何度も聴いてみないと何とも言難いですが、ひょっとしたら別の言葉であったとしても素晴らしく聴けるのではないかとも...ちょっと思いました。
信長貴富さんと言えばとても著名な方なのですが、実は昔から、お名前を見るにつけどちらが姓でどちらが名なのかと一瞬考え込んでしまう私なのでした。すみません...

さてプログラム最後は私の三つの作品でしたが、曲の説明は別の機会に譲ります(今ホームページで作品リストを作り始めていますので、完成しましたらそちらをご参照くだされば幸です※後註)。〈YAISAMANENA〉の作詞者である姉の飯島星はこの日のすべてに感動してたようです。
〈花の子供〉は、作家で詩人の寮美千子さんに詞を付けて頂いた歌曲をアカペラ用に作りかえたものでしたが、きっと寮さんがこの場にいらっしゃったら、やはり涙を流して感動されたことでしょう。


いつもプログラムが素晴らしく、なかなか得難い内容に果敢に(?)或いは楽しくチャレンジされてるアカペラ・コーラス アンサンブル大倉山では、メンバーを募集されています! 本拠とされてる会場もとても素敵な場所です!
ご興味ある方は、是非、既載記事:♪アカペラ・コーラス アンサンブル大倉山 in 大倉山秋の芸術祭2013のチラシ内の成光さんのお問合せ先に、ご連絡とられてください。

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この「秋の随想」は時を遡るようにほんのもう少しだけ続けます。

つづく

【追記】※後註:取合えず〈YAISAMANENA〉の作曲の経緯などについてはこちらの既掲載記事をご参照下さい。〈花の子供〉についてはこちらを...。

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