« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

2011年11月23日 (水)

♪ピアノと笛のコンサート @伊勢原 高木学園

先日13日のコンサートに続き、来月12月11日(日)伊勢原市の高木学園2Fホールにて、ピアニストの奈良英子さん(主催)とフルーティストの西川浩平さん、それに今回は、もう一方(ひとかた)のフルーティスト 姫田大さんもご参加されての『ピアノと笛のコンサート』が催されます。
私の、ピアノ作品〈月巡りの歌〉より“1月(...海の夢)”が再び取上げられます。
20111211concert_2
素晴らしい演奏家の方々です。是非、お聴きにお出かけください。

| | トラックバック (0)

感動と教示の日々

昨夜(11月21日)は、芸大第2ホールで行われた、来日中のパリ管弦楽団のクラリネット奏者パスカル・モラゲス氏の公開レッスンに出かけました。曲はブラームスとモーツァルトのクラリネット五重奏曲で、受講者はそれぞれ別々の学生メンバーでした。

特に印象に残ったことは、どちらの作品も民俗音楽或いは舞曲の影響が強いのですが、その演奏の仕方についてのレッスンでした。
ブラームスにおいては、ジプシーのツィンバロンの演奏のような即興性をクラリネットの特徴的なある楽句に反映させること。一方モーツァルトでは、メヌエットの楽章の第1ヴァイオリン奏者による開始の合図の仕方(弓での拍のカウントを他の奏者にわかりやすくやや大きな振りで...)から始まり、演奏を聴きながら踊れるほどに、舞曲本来のフィーリングを活かすこと。モラゲス氏は実演を交えながら、明快にそれを伝えていましたが、生徒が譜面にメモしようとすると、「書かないで! 先生に見られたら怒られるかもしれないから」と、断りながらの熱いレッスン...。
また、モーツァルトの冒頭2小節のフレーズ。2小節目の頭に重きを持たせること。ここの和音はV7(5度七)であって、決して倚音(または倚和音)ではないのですが、そのような感じで把(とら)える、ということなど、・・・深い!

通訳はお馴染のBouquet des Tonsのフルーティスト 齊藤佐智江さんでした。実に解りやすく素晴らしい通訳でした。


その前日(11月20日)は京葉銀行文化プラザで『日本のうたごえ祭典inちば』の三日目。全国合唱発表会職場の部の審査をしました。
こちらも感動...。その水準の高さに驚きました。

| | トラックバック (0)

2011年11月18日 (金)

竜笛の余韻

芸術が生かすのつづきです。

フルーティストにして日本の伝統の横笛の第一人者でもある西川浩平さん。去る13日のコンサートでは、後半のプログラムで、日本の笛についてのお話を演奏も交えながらなさいました。その中で、ドビュッシーが体験したであろうパリ万博での日本の雅楽の竜笛は「多分このようなものではなかったであろうか」と実演くださいました。その後で、今度は西洋のフルートで、ドビュッシーの名曲“シランクス”の途中までを吹かれて、その相似性を示してくださり、いかに日本の音楽が彼に影響を与えたかということを示唆されました。
それはそれで興味深かったのでしたが、それ以上に私は、生で間近で聴くその竜笛の不思議な音色に魅せられ、コンサートの帰り道にも、その余韻に浸っていたのでした。

竜笛の音は、天と地の間を行き来する竜(龍)の声なのだそうです。

歌舞伎十八番『鳴神』の中で、朝廷より遣わされた雲の絶間姫によって滝壺の注連縄が断切られ、鳴神上人によって滝壺に封じ込められていた竜神たちが一気に解き放たれ、日照りに喘ぐ地上に忽ち雨が降りそそぐといった場面がありました。

・・・そうです。竜は雨を齎す恵みの神なのでした。そして天と地を繋ぐもの...。

(つづく)

| | トラックバック (0)

2011年11月17日 (木)

空からの恩寵のように降りそそぐ雨は・・・

ジャン・アランのことは、ほとんど何も知りませんでした。
でも、早島万紀子さんからのご案内を見たとたんに、直感的に何かを感じ、その「何か」に導かれるように、一昨日、友人を誘って演奏会にでかけました。(前記事参照)

20111115program_02_3 20111115program_01_4

演奏会は、タイトルロールの“空中庭園”から始まりました。私はプログラムの曲を追う毎にその世界に引込まれていきましたが、最後の“終課のための後奏曲”に至ってのことです。その時、内から溢れるものを抑えることができませんでした。これは単に、若くして戦場に死したということへの同情からなのではなく、それ以上の、もっと根源的な「何か」が私の心の琴線に触れたのです。(※)

私は、姉妹ブログ「こぼれおちる月」の一番はじめに書いた記事を、今、想い起こしました。

人間の胸の内に秘められたあらゆる苦悩を静かに見つめ、理解し、赦し、そして限りない静寂の中に少しずつ広がる波紋は、やがて堰を切って流れ出す涙のように溢れ、高まり、そして沈黙へと還って行った、静かにゆっくりと。(空からの恩寵のように降りそそぐ雨は・・・:こぼれおちる月より)

“終課のための後奏曲”。私はこれまでに、オルガンがこのように限りなく優しい響きを奏でるものなのだ、ということを知りませんでした。

家に帰って早島先生が執筆されたプログラムノートを読みながら想い出してまた涙・・・
私は今、また思い出す...

音楽は水に映る月。「掬っても掬っても(指の間から)こぼれおちる月」。でも、そこに愛がある時、そのとらえ難い月にそっと寄り添うように言葉を巡らせる時、言葉は不可視の領域の視えない優しい指になる。(同上より)

早島先生のオルガンリサイタル『ジャン・アランの空中庭園』は、作品・演奏・プログラム、それら全てを含めた演奏会そのものが、素晴らしい芸術作品でした。

そして、震災以来忘れかけていた大切なことを、私は実に素晴らしい人たちによって生かされている という思いとともに、私に甦らせたのです。そう、音楽を。
勿論、戦争や放射能汚染の現実を忘れることでも、私がジャン・アランやバッハになる ということでもありません。私は私の音楽になる...。

いつか私は
私自身の涙になって
銀色の 空の涙に
溶け込んでゆく

 

“銀色の雨”(飯島星/作詩)より

_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_

※ アンコールは、同じジャン・アランの“鳴りっぱなしの2音による子守唄”Berceuse sur deux notes qui cornent でした。

| | トラックバック (0)

2011年11月15日 (火)

早島万紀子オルガンリサイタル〜ジャン・アランの空中庭園〜 今日

非常に興味深い演奏会が今日あります。
1911年フランス生まれの作曲家ジャン・アラン生誕100年を記念としたコンサート。日本を代表するオルガニスト早島万紀子さんが専属オルガニストとして務められている新宿文化センター大ホールでのパイプオルガン設置20周年記念公演です。

震災以降、私たちが以前より多くを知ることとなった国家権力(正確には戦争に依存した世界的な旧体制勢力で、NWO,偽ユダヤなどと称されている。悲しいことに今の日本の国家権力はその傀儡である)の理不尽さについて思う時、民主主義の大先輩でもあり、ドビュッシーの時代から文化的に深い交流のあったフランスの一作曲家(夭折の作曲家)の魂の記録を知ることは意義のあることだと思いますし、また、知らないけれどもただなんとなく興味を感じるというだけの方にも、音楽を生で体感されることを是非、お勧めしたい...。

以下、チラシから引用。

音楽家からの手紙
 君が「空中庭園」を気に入ってくれて嬉しい。とは言え、僕は音楽の手法を褒めてほしい訳じゃない。そんなことはどうでも良いんだ。重要なのは、この曲が理屈抜きに、本能的に、君の心に響いたかってことさ。説明も称賛もいらない。君が、僕の音楽の中に君自身を見出してくれること。それこそが僕の望みなんだ。


魂の閃光は時空を超えて
 鋭い感性と類まれなる才能に恵まれながら、アカデミズムを嫌悪し、10年間在籍したパリ音楽院の作曲のクラスではその独創性と先見性を遂に評価されることなく、29才という若さで戦場に散っていったアラン。その魂の閃光は時空を超えて、21世紀の私たち自身を揺り動かすのだ。危機に瀕した地球への根源的祈りとなって。

引用、以上。

開演は19時、開場18時半。
一般:3000円、都民割引1000円。
演奏会の詳細はこちらをご参照ください。
新宿文化センターアクセスマップ

追記:次の記事に随想あり→空からの恩寵のように降りそそぐ雨は・・・

| | トラックバック (0)

芸術が生かす

一昨日の「ピアノと笛のコンサート」の当日プログラムをこぼれおちる月に追記しました。以下に転載します。(後註:前記事ピアノと笛のコンサート 明日をご参照ください)

noteプログラム

 第1部

ドビュッシー:〈版画〉より “塔” “グラナダの夕暮”
ラヴェル:〈鏡〉より “洋上の小舟” “道化師の朝の歌”
高橋喜治:〈月巡りの歌〉より “1月(...海の夢)” 【初演】
 以上、ピアノ/奈良英子

高橋喜治:〈星の音楽〉全曲
        I  スピカ 〜春の誘い星〜
        II  ヴェガとアルタイル 〜織女と牽牛〜
        III アルリシャ 〜美と愛の結び目星〜
        IV アルデバラン 〜幸せの星〜
 フルート/西川浩平  ピアノ/奈良英子

             ☆休憩☆

 第2部

日本の笛 お話と演奏/西川浩平
吉松隆:〈プレイアデス舞曲集〉より “鳥のいる間奏曲” 
シャミナード:コンチェルティーノ
 以上、フルート,竜笛,篠笛,能管,うぐいす笛/西川浩平
     ピアノとパフォーマンス/奈良英子

 アンコール

高橋喜治:月の記憶
作曲者不祥:アメイジング・グレイス
奈良英子編曲:
 以上、フルートとピッコロ/西川浩平
     ピアノ/奈良英子

転載、以上。

素晴らしいコンサートでした。
これほどに魂で共感し得る音楽家を知っているということに誇りを感じると同時に、もっと沢山の方々にも知って欲しい、でも私だけが知っていたいという邪悪な気持も起きかねない(冗談)...、というくらいに素晴らしいコンサートでした。
20111113_2 私の作品が取上げられたということに止まらず、少年時代より心酔していたドビュッシーとラヴェルは私が作曲家を志す原点であり、心の故郷とも言える世界。また、日本を故郷とする私が今後生み出す作品にとっても、深い意味で励みになるコンサートでした。
震災から約8ヶ月を経て、漸く自分を取戻せて来たようです。感謝します。ご恩は作品でお返しできるよう精進いたします。

写真は左から奈良英子さん 私 西川浩平さん
(奈良さんより戴いたこの写真は、
奈良さんが伴奏ピアノを務めていらっしゃる松戸合唱団のこの日聴きにいらしてくださった方が撮ってくださったのだそうです)

竜笛の余韻につづく

| | トラックバック (0)

2011年11月12日 (土)

♪ピアノと笛のコンサート 明日

明日開催の演奏会のお報せです。
20111113concert_3



長年その作曲に取組んでいるピアノのための
〈月巡りの歌〉の新作“1月(...海の夢)”の初演と、フルートとピアノのための〈星の音楽〉全曲の再演があります。



“1月(...海の夢)”はそのタイトル通り、作者の「夢」(夜眠って見る夢)を題材にした作品。



〈星の音楽〉は四季の代表的な星を題材とした以下の4曲から成ります。
I  スピカ 〜春の誘い星〜
II  ヴェガとアルタイル 〜織女と牽牛〜
III アルリシャ 〜美と愛の結び目星〜
IV アルデバラン 〜幸せの星〜



いずれも夢幻的な作品です。



お馴染のピアニスト 奈良英子さんと、フルートと日本の横笛の第一人者 西川浩平さんの 素晴らしいお二人(ご夫妻)のヴィルトオーソによるコンサートです。



西川浩平さんのホームページ 〜東西東西〜 西川浩平氏

西川浩平さんについてのおすすめサイト


後註: リンクが無効でしたのでリンク設定を外してあります。

.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.-.



◆プログラム

ピアノと笛のコンサート



 第1部



ドビュッシー:〈版画〉より “塔” “グラナダの夕暮”
ラヴェル:〈鏡〉より “洋上の小舟” “道化師の朝の歌”
高橋喜治:〈月巡りの歌〉より “1月(...海の夢)” 【初演】
    以上、奈良英子/ピアノ



高橋喜治:〈星の音楽〉全曲
         西川浩平/フルート  奈良英子/ピアノ



 第2部



日本の笛 西川浩平/お話と演奏
吉松隆:〈鳥のいる間奏曲〉
シャミナード:コンチェルティーノ
     以上、西川浩平/フルートと日本の横笛その他
          奈良英子/ピアノ

 ●日時 2011年11月13日(日)
       2回公演 1回目:14時開演
             2回目:17時開演
             (開場はどちらも30分前)



 ●会場 東京いずみ幼稚園3Fホール
       Tel. 03-3605-3341 アクセスマップ



      (JR亀有駅からタクシーで千円ほどです)





 ●入場無料(未就学のお子様の入場はご遠慮ください)全自由席



それでは明日、会場でお会いできますことを願っています。…とは言え、放射能には呉々もお気をつけてください。  



............................................................................................................................................................................



◎おすすめCD



 奈良英子 サティ:スポーツと気晴らし



 西川浩平 フルーティスト・フロム・ジ・イースト Vol.4





◎〈星の音楽〉収録のCD



 お月さまのかお (Amakaneレーベル)





後註:次の記事に随想あり→芸術が生かす

| | トラックバック (0)

2011年11月 8日 (火)

南部合唱団との熱き一夜 - つづき - (追記訂正あり)

既載南部合唱団との熱き一夜のつづきです。

20111102program 前回では最後に「地震兵器」と「TPP」にちょっと触れましたが、おそらく、現実はSFを、とっくに超えてしまっているのだと思います。今、私たちは、戦争に依存する、この地球上の全人類から見ればほんの一握りの人たちのために、いのちを脅かされているのです。日本の権力者たちの多くは憲法理念も忘れて、その一握りの人たちの勢力に取込まれてしまい、主権者である国民を裏切り、置去りにして、自分たちだけの利益を得ているのです。その憲法違反の齎す実害も甚だしく、多くの犠牲者を出しているのですから、これは、「国家犯罪」と断定し得る、とても罪深い悪業であると言わなければなりません。
ところが、日本の検察・警察はこうした権力の巨悪を取締るどころか、この権力者たちに不都合な正しい人間を抹殺していまうことに手を貸してしまうのだから、実に情けない限りですね!
それにマスコミも...。植草一秀先生の場合は、みんなで助けなくてはならないところを逆に、よってたかって、まるで集団リンチのように、「人物破壊」に加担しましたね。本来なら権力のチェック機関であるところのマスコミが、逆に権力が齎す巨悪の味方になってしまった...。まったく、「恥の意識がなければ人類は救われない」!!!

TPPの交渉のテーブルに首相がついてしまうかどうかのこの瀬戸際、おまけに小惑星YU55が月より近くこの地球に接近してくるというこの時に、先日の南部合唱団の皆さんの音楽会を想い起こせば、胸の中に優しく、そして熱く、灯
(あかり)が灯るのを感じずにはいられません。

「言わなければならないことがある」(作詞作曲:南部合唱団創作部)は、ピアノに三線を加えた伴奏による沖縄の美しい自然と文化を彷彿とさせる民謡調の歌に始まり、一変して、理不尽に立ちふさがる基地や、密約についてが歌われ、簡潔ながら、平和への祈りとともに権力の横暴に対する静かな糾弾となっている作品でした。打上の折、最終的に作品を取纏められた当合唱団創作部の小島啓介さん(テノールパートを受持っていらっしゃる)より、「本当はもっと長くしたかったのだが、オリジナルコンサートの時間的制約のため短くなった」という旨のお話を伺いましたが、言葉は切詰めると逆に暗示的に心に残るということはあるので、これはこれで残して、別にバラード(物語歌)風のロングヴァージョンも作られたらよいのでは...と思い、その旨を伝えました。心からエールを贈りたいと思います。

「原爆を許すまじ」は、皆さん、素晴らしかった!
ある「達成感」を、皆さんも感じたのではないかと思っています。
その達成感とは、それは、おそらく、何かを、とても大切な何かを、「繋げることが出来た」という達成感ではなかったでしょうか?

とは言え、思いは複雑です。
この「原爆を許すまじ」は、今また、新たなる悲劇の中で、輝き始めているのです。悲しいことに.....

「原爆を許すまじ」の歌詞

【 作曲者名 】中央合唱団 木下航二
【 作詞者名 】南部文化集団 浅田石二

ふるさとの街やかれ
身よりの骨うめし焼土(やけつち)に
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
われらの街に

ふるさとの海荒れて
黒き雨喜びの日はなく
今は舟に人もなし
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
われらの海に

ふるさとの空重く
黒き雲今日も大地おおい
今は空に陽もささず
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
われらの空に

はらからのたえまなき
労働にきずきあぐ富と幸
今はすべてついえ去らん
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
世界の上に

以上、「うたごえ喫茶」のページより転載。

そして今年3月11日、「政府の行いによる惨禍」は起きてしまいました、許されざる三度目の惨禍が...。

つづく

| | トラックバック (0)

2011年11月 6日 (日)

南部合唱団との熱き一夜(註に追記あり)

先日(2011年11月2日)、大井町のきゅりあん大ホールで催された「南部合唱団音楽会 自由になるために」の随想を書きたいと思います。

最初に、一言で言って、素晴らしい会でした。打上の席では「南部合唱団は永遠だ!(「不滅だ!」であったかも...)」という言葉も聞かれましたが、私もそれを心から祈ります。

本題の随想に入るその前に、今現在のことに少し触れさせてほしい...。何故なら、南部合唱団の音楽会で今回プログラムされた曲目内容と深い関連のあることだからです。(つまり、「ことの発端」からその「今現在」に連なる時の流れの中で、先日2日に催された「南部合唱団音楽会 自由になるために」を私がどのように受止めたかを書きたいと思ったからなのですが...。勿論私はこの会においては、「原爆を許すまじ」と「日本国憲法前文」の二つの作品に於ける、一介の編曲者でしかありません。つまりは編曲者としての私個人の思いを書くだけのことなのです...。

●「プルートの罠」

さて、TPPの交渉のテーブルに野田首相がついてしまうかどうか、来る12日、運命の日。勿論、主権者国民としては、絶対につかせてはならないと思います。何故なら、このTPPとは、今、崩壊の一途を辿っている、戦争に依存する世界的な旧体制勢力による、一貫した同一の大きなシナリオに基づく「破壊工作」のひとつであると思えたからです。首相がテーブルについてしまったら最後です。

おすすめYouTube→1/2 国を滅ぼすTPP 推進者の巧妙な手口・ダマしの数々 , 2/2 国を滅ぼすTPP 推進者の巧妙な手口・ダマしの数々 【中野剛志】

おすすめブログ→Kazumoto Iguchi's blog: 『アジェンダ21』:「TPP」の奥底にあるアジェンダさ!

おすすめブログ→TPP交渉参加ならポチ3号は即刻退陣させるべし, 日本の基本構造を示す東電救済・増税・TPP, 本当は危機に直面していない日本財政, 房総半島出身野田佳彦氏の暴走が止まらない : 植草一秀の『知られざる真実』

 

林光先生の作品に『ネズミたちの伝説』という合唱作品があります。安部公房の『プルートのわな』を基に佐藤信さんが作詞された「合唱物語」です。オルフェウスの伝説に準えての鼠と猫の政治的攻防が物語となっていましたが、今、何故か、それを思い出しています。

さて、本題の随想です。

その前にもうひとつ、南部合唱団発行の機関誌「なんぶ」2011年9月号への私の寄稿記事を、依頼時、字数の制約もあって所々端的な表現になっている箇所に註を入れて、さらに具体的に詳しくして紹介したいと思います。実際の新聞記事の方では編集者の方が、沼田さんや 4号機や 「あたらしい憲法のはなし」の中の例のお釜のカットの写真を掲載してくださって、より読みやすくなっています。興味ある方は下記のリンク先のページより購読をお申込ください。既にご承知の方はスルーしてください。

以下、新聞生原稿(本ブログ用後註付)。機関誌「なんぶ」ホームページはこちらです。

 

「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように...」  
                                  作曲家 高橋 喜治

3.11の大災害以後、世界は一変してしまいました。

東北を襲った津波被害も甚大でしたが、その上さらに福島第一原発事故により漏れだした核生成物は食物連鎖に侵入し濃縮を重ねていることでしょう。また気まぐれな風によって、また潮流によって、どこにでも運ばれていることでしょう。 どのみち、政府はまるで無策でしたので、私たちは内部被曝を余儀なくされてしまったのです。食べて飲んで息をする限りその危険性から遁れることは、もうできません。(※1)

それでも、子供や若い人たちの将来になんとか光の道筋をつけたいものです。それ以前に放射能の心配のない安全な場所に逃げればよいのですが、安全な場所はどこでしょう? 少なくともこの日本には完全に安全と言いきれる場所などもはやないのではないでしょうか。 (※2)

私は以前、 広島で被爆され、片脚を失い、婚約者も失った、沼田鈴子さんの生涯を元にした朗読劇の音楽を担当したことがありました(※3)。沼田さんを絶望の淵から救ったのは青桐の木でした。(その後、沼田さんは教員になられ、退職後は自らの被爆体験を語る語り部に。そして、世界を巡り巡る反核反戦の平和運動家となられる。)(※4)

沼田さんはある日、被曝の傷も生々しい青桐の幹から伸びている細い枝から、可愛らしい青桐の葉が出ていたのをみつけたのです。私は沼田さんご自身のお話からも、声優の山口由里子さんの朗読によっても、何度も何度もその時のことを聴いているし、そのシーンの音楽を書いたこともあって、記憶の中で、まるでそこに自分が居合わせていたかのような気持を抱いているのです。そして、夏の陽射しの中で柔らかく微笑む花の子供たち...。青桐のいのちの鼓動とともに、それをみつけた時の胸のときめきまでもが 、まるで夢のように、心に甦るのです。そのようにして、私は、束の間の安らぎを感じることができます。

しかし、福島の事故は未だ現在進行中です。広島原爆の百数十個分もの放射能は漏れ続けていますし(※5)、4号機は倒壊しそうで、もし倒壊したらこれまで以上の大惨事になるようですし(※6)、既に人類史上前代未聞の最悪事故になってしまいました。しかも大地震が起きる危険性も未だ去ってはいないのです。そして、この期に及んで、政府は原発推進を止められません。

「広島」「長崎」「第五福竜丸」そして「福島」に通底するものがあります。「戦争」です。

広島と長崎はマンハッタン計画であり、第五福竜丸は米ソ冷戦時代の水爆実験であり 、福島は、第五福竜丸事件から盛上った日本の反核運動への米国と日本の売国奴たちとの共謀による「毒をもって毒を制す」の心理誘導作戦による原発推進のなれの果てです。(※7)

密約あり(※8)、騙しあり(※9)、買収あり(※10)の、国家犯罪というこの巨悪よ! 憲法理念はいったいどこへやら...

私たちの憲法は先進的な平和憲法であり、その前文の中には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とあります。 (※11)
この憲法施行後間もなくして、学校の教科書の副読本として作られた「あたらしい憲法のはなし」は、戦争の全面否定が絵入りで解りやすく説かれていて、学生のみならず多くの国民に希望を与えたはずです。(※12)

原発推進は国策でしたが、被曝労働者への人権侵害なくしては成立って来なかった(※13)( そして今、事故処理に当たっている労働者も被曝している(※14))という致命的欠陥があるのです。明らかに憲法違反であり、とても許させるものではありません。そしてついに、政府の行為による惨禍は起きてしまいました。私たちはこのような原発推進の政府を決して許してはいけません。

ふたつの合唱編曲「原爆を許すまじ」(※15)と「日本国憲法前文」(※11)に込めた私の思い、団の皆さんに期待することなど が、原稿の依頼内容でしたが、合唱団の皆さんについては 、指揮者の安達陽一先生を全面的に信頼していますので、特に申上げることはありません。「込めた思い」については、以上の文面からその幾許かを汲取って頂けましたら幸です。また、私の編曲が、作詞・作曲された方々、乃ち「原爆を許すまじ」の浅田石二 木下航二 両氏(※16) 、「日本国憲法前文」のきたがわてつ にしむらよしあき 鈴木泉 各氏(※17)の魂を、決して汚すことなく、快く響きあうことを、切に祈っています。

...............................................................................................................................................................

※1:既掲載記事「あらゆるものがつながっている」参照。

※2:風や潮流などの自然現象の他、鉄道・航空による人や物の移動、それに、国が進めている汚染瓦礫の拡散・焼却・埋立などによって、汚染は広がるばかりであるから。また、各地に設置されている原子力発電所の存在。地震の危険性を考えれば、私たちは周囲を原爆に取囲まれて暮しているようなものだから。

※3:初演関連ハイパーリンク→こちらと再演→こちら

※4:関連おすすめサイト→語り伝えることの大切さ

※5:これは政府の発表。海への流出も入れれば「広島原爆の400個分」という小出裕章先生のご発言が昨日あったらしい。(詳細解り次第追記します)

※6:おすすめブログ→4号機は倒壊しかかっている カナダの物理学者:「今すぐに4号機プールの補修工事を!」 〜カレイドスコープ

※7:おすすめYouTube:(1),(2),(3)

※8:西山太吉著「沖縄密約」参照。

※9:所謂「原子力村」が垂流す「安全神話」や、事故後、政府と東電が発表している、危険性が過小評価された発表の数々を見よ。

※10:(一例)おすすめブログ→「日々坦々」資料ブログ

※11:既掲載記事「☆“日本国憲法前文”の合唱編曲 per 南部合唱団」参照。

※12:あたらしい憲法のはなし 文部省 参照。

※13:おすすめYouTube→隠された被曝労働(1),(2),(3)

※14:福島第一原発労働者が被曝の杜撰な管理を告白

※15:既掲載記事「合唱曲“原爆を許すまじ”編曲と“YAISAMANENA”version24」参照。

※16:うたごえネットワーク - 原爆を許すまじ

※17:うたごえネットワーク - 日本国憲法前文

 

新聞原稿(本ブログ用後註付)、以上。

私はこの中で「そしてついに、政府の行為による惨禍は起きてしまいました」と書きました。原発導入は元々国策であり、「安全神話」を捏造して国民を騙し、「沖縄密約」によって、国民を騙しつつ核の持込みも許して来た、そして日本の核武装をも考えてきた。明らかなる憲法違反であり、言わば、国民の財産を横領しつつ成遂げてきた正真正銘の国家犯罪に端を発しているのですから、誰がどう考えても「政府の行為による惨禍」以外の何ものでもない訳なのです。だから、政治家・官僚・関連大企業のトップたち、それにアカデミズム(則ち「原子力村」)の何事もなかったような取澄ました表情の影には恐ろしく深い闇が広がっているのです。関連おすすめブログ→武田邦彦:ハッキリしてきたこと(1) 東電と1年1ミリ

しかし今、私は、原発事故のことのみならず、3.11の大災害とは、地震も津波も含めて、原発導入時からTPPにかけての壮大なシナリオに基づいた行為による惨禍ではないか、という考えに至っています。それは、前述おすすめの井口先生のブログの他、ベンジャミン・フルフォード氏が発信している情報などからなのですが、私のブログ上で、このことに触れることには、これまで随分躊躇いがありました。既にお気付きの方もいらっしゃるとは思います。それは、「人工地震」(または「地震兵器」)のことです。それが事実だとしたら余りにも恐ろしく、触れたくないことでしたので今まで書けませんでした。

しかし、ネット上では、国際的にも、既に、常識のようでした。
しかも、ネット以前に、なんと1953(昭和28)年の日本の新聞記事にも既になっていたのでした。

地震・津波・原発事故は予め計画された3点セットの計画で、来るTPPとは、まさに、日本侵略計画の最終段階...?!

つづく

| | トラックバック (0)

2011年11月 2日 (水)

母子殺しの政府

今日(こんにち)の放射能の危険性についての学問の到達点。それは、どこからどこまでが危険で、どこからは安全だ、と言える「閾値」はない! どんなに微量であっても危険である! ということなのだ。それを踏まえれば、政府のやっていることは、「出来る限り汚染を広め、出来る限り白血病や癌で亡くなる人を増やそう、子供や若い人たちの未来を奪おう」ということに尽きる。(悍しや日本.....)

●この期に及んでも尚再稼働される原発と福島原発事故の収束もないままの原発輸出=原発利権欲しさのなれの果て(あなた方のそのエゴイスティックな欲が世界を、そしてあなた方の大切な人をも滅ぼす)

●汚染瓦礫の拡散・焼却と埋立=日本は放射能国家となり、勿論その汚染は世界に広がる。

日本の土壌はすっかり汚染され、作物やその他諸々は一見輸入に頼らざるを得なくなる。そこでTPPのお出ましだ! しかし、それによって、日本の伝統的な産業や医療制度などは破壊される。日本の「シッコ」現象が始まる。

問題は放射能=国家権力なのだ。見事に一致してしまうのだから実に困ったものである!

| | トラックバック (0)

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »