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2010年8月 6日 (金)

★《ポール・クローデルの『百扇帖』による二重奏詩》について

やはりこの日に公開しておこう。
去る今年2月24日、その次の3月には閉鎖されてしまったカザルス・ホールで初演された拙作《ポール・クローデルの『百扇帖』による二重奏詩》の未発表作品解説と演奏者宛の手紙を。

まず作品解説から。
以下掲載。

ポール・クローデルの『百扇帖』による二重奏詩

 Ⅰ 白牡丹
    薔薇
    藤

 Ⅱ お月様

 Ⅲ 雨、または「朝日の中の黒い鳥」

 作品はテシュネ氏より頂いたローラン・マブソン氏の『百扇帖』全訳に基づき作曲されたが、実のところ同時にクローデルの他の著作からもインスピレーションを得ている。

 まずⅠの〈白牡丹/薔薇/藤〉では、「白牡丹の芯にあるもの/それは色ではなく/色の思い出/それは匂ではなく/匂の思い出」「薔薇が言う/君はわたしを薔薇と呼んでいる/しかし君がわたしのほんとうの名を知るなら/わたしはたちまち崩れるだろう」「藤よ/おまえがどんなにたくさんの花をつけたとしても/わたしたちはその固い蛇の絡み合いを/認めざるを得ない」から。

 Ⅱの〈お月様〉は、言わばⅠに対する Sequentiaであり、オルガンによる3声のカノンの後に次のイメージが挿入される。「お月様よ/一匹の蛙が池に飛びこむ/すると/高い空で/月は笑い.....」

 Ⅲの〈雨、または「朝日の中の黒い鳥」〉は『百扇帖』の終盤に奏でられるクローデルの別れの歌に、今尚数えきれない犠牲者を出しながら自らの崩壊へと向かっている「旧体制」Ancien régimeへの別れが重ねられた(「旧体制」とは、現代においては戦争に依存する体制を指す)。コーダはクローデル著(内藤高訳)『朝日の中の黒い鳥』(本書によれば「黒い鳥」は日本神話上の八咫烏を指し、黒鳥《くろどり》とクローデルの音が似ていることから、クローデルは自らを「朝日の中の黒い鳥」と呼んだ)所収の「日本文学散歩」の中でクローデルが引用しているヴェルレーヌの次の詩(部分)による。
「私の手に負えない、だが時としていとしさを増すこの芸術を、ラシーヌのように、何かの紋章によって説明するのならば、ねずみではなく、白鳥の紋を楯に象《かたど》って、重苦しい蛙は池に残して、身軽な小鳥を捕まえるであろうに。」(〜「エピグラム」)

 尚、Ⅲの中頃に、一切を奏者の自由に任せたチェンバロ独奏によるCadenza ad libitumがあることを申し添えておく。
                                       高橋 喜治

以上、作品解説。
以下手紙掲載。

早島万紀子先生
Maestro Laurent Teycheney

 この度は大変素晴らしい機会を与えてくださり感謝しております。
 楽譜をお渡しする私のタイミングの遅れや、昨年、早島先生からは、オルガンに関しては、再演がしやすいようにアシスタントが要らないように書いたほうが良い、というようなアドバイスも頂いておりましたことも思い出しますが、それにも関わらず、オルガンにこのような二人のアシスタントを要する結果に至らざるをえなかったことや私のフランス語力の至らなさでご迷惑おかけしていることと思い申し訳なく思っています。
 しかし、初演のためには作者としてできる限りの力を尽くさなくてはなりません。
 私は純粋抽象を指向している訳ではありません。今回は特に、ポール・クローデルの詩であり、目であり、そしてフランスと日本ということを軸に、私がどのような切り口で作曲するか、ということが問われる企画であったと認識しています。それを踏まえて、本番までの限られた時間の中で、作品と演奏について、このような手紙という手段でお伝えさせて頂くことを、どうかお許しください。尚、テシュネ先生には申し訳ないのですが、全文をフランス語に訳してお伝えする余裕が今の私にはありません。なんらかの方法で、伝わることを祈るばかりですが、取急ぎ日本語のまま送らせて頂きますことをお赦しください。

 以下、詩の引用は主にテシュネ先生から頂きましたローラン・マブソン氏の『百扇帖』全訳からですが、作曲は実のところ『百扇帖』以外のクローデルの著作からもインスピレーションを得ていますので、それらの出典につきましてはその都度記していきます。出典の註がないものはマブソン氏のものによるとご理解ください。  尚、作曲に力を与えたものは、けっしてここで引用された詩のみではありません。しかし、それら全てをここに掲げて説明をすることは、早島テシュネ両先生に、私が作曲に費やした時以上の膨大な時を要求することになりかねないと思われますので、それらにつきましては必要最低限の説明に留めさせて頂きます。
 お忙しい折りとは存じますが、スコアと照合しつつお読み頂けましたら幸です。









高橋喜治:ポール・クローデルの『百扇帖』による二重奏詩

Ⅰ 白牡丹
    薔薇
    藤

Ⅱ お月様

Ⅲ 雨、または「朝日の中の黒い鳥」

この作曲は、初めはかなり詩に対して直感的に進められましたが、今改めてできあがった作品を観れば、『百扇帖』のわずか冒頭の3つの詩からのインスピレーションに始まり、そこでの余情の拡大・変化によって全体が形作られた、と言ってもよいくらいに思われます(特にその「拡大・変化」に対しては説明が必要だと思います)。
冒頭のチェンバロソロ(p.1の9小節間)は次の詩に基づきます。

 白牡丹の芯にあるもの
 それは色ではなく
 色の思い出
 それは匂ではなく
 匂の思い出

オルガンソロによるp.2の10~15は次の詩。

 薔薇が言う
 君はわたしを薔薇と呼んでいる
 しかし君がわたしのほんとうの名を知るなら
 わたしはたちまち崩れるだろう

前者の詩は『百扇帖』では二番目に位置し、この詩に対して有島生馬は「色」「匂」を書き、冒頭の詩である後者の詩に「牡丹」と書いています。「薔薇」とはいったいなんなのでしょうか? 私はリルケを想起しました。

 この内部にふさわしい外部は
 どこにあるのか? どんな痛みの上に
 この布は当てられるのか。
 どんな空が、このなかに、
 この開いたばらの、
 この屈託のない花々の
 内海のなかに映っているのか。ごらん、
 ばらはみなほどけかかり、ほどけた
 空間にやすらう、ふるえる手が触れたなら
 花びらがこぼれてしまうのではないかとおそれつつ。
 ばらはみずからを支えることが
 できない。多くのばらはいっぱいにあふれ、
 内部空間から昼の空間へと
 あふれ出ていく。昼の空間は
 ますますみなぎりつつまとまっていく。
 そしてついに、夏全体が一つの
 部屋になる。夢の中の一つの部屋に。

           ばらの内部(~『リルケ詩集』神品芳夫 訳)

「薔薇」という名付けられたものの表層を剥ぎ取って、視えない領域に触れれば、そこにひとつの宇宙が完結していている。
実のところ言葉や視覚には切り取る性格があり、薔薇を見て「それは薔薇である」と言うことに何の意味を成さない、というところに存在の神秘をみる。
私がテシュネ先生を想い浮かべる時に、チェンバリストで、芸大のソルフェージュの先生で.... ということで解ることではなく、先生の発するオーラのようなもので、その存在を感じる。または、花のオーラのようなものから、その根源に広がる宇宙を感じていくいくことが、詩であるのだと思います。

この存在の神秘に触れる音とはどんな音なのだろうか、その探求の結果が、先日8日の方法に(早島先生と臨時のアシスタントの方のご協力により)落ち着いたのだと言えます。勿論、これで絶対ということではなく、「近づくことができた」のだと思います。限りなく近づいていけるかどうかが、芸術の試みであり、賢治の言葉で言うのなら「未完成の完成」であるのだと思います。
この「電源OFF」には先例があることを記憶していましたので、昨年の最初の段階では使うつもりではありませんでしたが、以上のような内的要求から使うに至りました。同じ8'のストップをpoco a pocoで極力ゆっくり引くという操作と併せて、このゆらぎはとても重要です。

特別なストップ操作と電源OFFは言うまでもなくクローデルの「わたしはたちまち崩れるだろう」に呼応しています。
イメージの消失、なにかそこはかとない感じ、名状しがたい感覚が余韻として残って、冒頭の淡い憧憬が不安に変わり、不安は、次の「藤」の終わりでは恐怖に変わります。

p.2のBからCに応答形式の片鱗が見られますが、消えてしまったはずの花がまだそこにいたという感じ。

 わたしたちは目を閉じる
 すると
 薔薇の花が言う
 わたしはここにいますよ

薔薇と牡丹の境界線が曖昧になったままp.3の26からは藤です。

 藤よ
 おまえがどんなにたくさんの花をつけたとしても
 わたしたちはその固い蛇の絡み合いを
 認めざるを得ない

チェンバロの左手の[mi♭,fa,do],[re,sol♭,do],[re♭,fa,do]の和音の流れとともに在るその右手は藤の「たくさんの花」であり、そこにオルガンの蛇の音象徴が絡んで行き、Dでの「固い蛇の絡み合い」の悪夢へと連なります。繊細で可憐な花々のイメージが悍しい力によって侵食され、陵辱されてしまいます。
先日8日にテシュネ先生がお帰りになった後でしたが、早島先生の了解のもとp.4の33からの4小節間のPédalesの最低音のDoの音を無しに変更いたしました。
また、同じ日に、チェンバロには「人間」という象徴的意味があり、オルガンには「神」という意味があることを僭越ながらテシュネ先生に申し上げましたが、この「神」とはアイヌの「カムイ」沖縄の「カム」日本の「カミ」に通底する意味としての神です。
既にご存じのことと思いますが、クローデルが自らを「朝日の中の黒い鳥」と呼んだ時のその「黒い鳥」とは日本の神話での八咫烏のことです。その黒い鳥は神の御使いです。高御産巣日神《タカミムスビノカミ》の遣いで、神武天皇の道案内をしたとされる鳥です。
クローデルはどのような意味で自らをこう呼んだのでしょうか?
それはクローデルの『朝日の中の黒い鳥』(内藤高訳)の中で見出すことができます。1925年リヨンでの講演から。「日本文学散歩」の締括りとして古事記の三輪山伝説を話しています。

  奈良地方の一人の若い女がある夜、姿麗しい貴公子の訪問を受けました。いかなる女の心もこの男に抗することはできませんでした。そしてほとんど毎晩男はその女に情を尽くしたのです。しかし、女がこの男の身元についてどんなに尋ねても、男は沈黙によって答えるばかりでした。他の女たちと同様不思議に思って、その女はある日一つの考えを思いつきました。男の衣服に絹の糸をつけたのです。アリアドネの糸のようなもので、その世にも妙なる訪問者の住居を見つけ出すためにはその糸を辿りさえすればよかったのでした。案の定、翌日見ると確かに糸は続いており、山を越え森を横切って女を導いたのでした。とうとう最後にその糸は廃墟となったある社を閉ざしている扉の鍵穴の中を通っているのがわかりました。この社は戦の神を祭った社でその穴を通して女は輝く神の姿を見たのでした。
  私自身今日この糸をわが手に掴みたいと思います。わが同胞である親愛なるリヨンの皆さん、この糸が象徴するものはヨーロッパと古いアジアを結び皆さんの織物の街に至るまで続く古代の絹の道、マルクス・アウレリウス皇帝の使者たち、さらに後にはマルコ・ポーロがかって辿ったあの道なのです。

クローデルは憧憬と使命感を持って自らを八咫烏に喩えたのだと思います。

Ⅱ〈お月様〉は、幾分Ⅰの最後の不気味な余韻を引きずって開始しますが、チェンバロの9音音階による水の滴りのような音型は、2回目までは自然の水の動きであり、3回目(Aの1拍前)のは、自然に逆らうような(時間の流れにブレーキをかけるような)動きのつもりで、molto rit.とAの直前のmi♭にフェルマータを付けましたが、そのように演奏なさることに抵抗をお感じになられるのでしたら自然の動きのままでも結構です。

オルガンのカノンの三声は、Ⅰの三つの花々に呼応しますが、私はこのカノンを「死のカノン」と密かに呼んでいます。『百扇帖』の中でも、

 死んだ月の中に
 生きている
 兎がいた!

と歌って、月を死のイメージと結びつけています。月には魅惑的な側面もあれば荒涼とした死の側面も併せ持っているというのは世界的な共通感覚であるかと思います。また、前述のクローデルの話の中のアリアドネの糸を想起してもよいでしょう。
実際カノンの作曲は迷宮の中で糸を辿っていくような感覚を覚えます。

カノンの後、「兎」ではなく「蛙」を登場させました(と言っても説明なしには聴いている方々には俄には解らないことでしょう)。

 お月様よ
 一匹の蛙が池に飛びこむ
 すると
 高い空で
 月は笑い
 ・・・・・

蛙は猿田彦大神の使者で死者の蘇りを意味します。
Ⅲは別れの歌です。
『百扇帖』はそれ自体美しい作品です。しかし私の音楽がその詩情から掛け離れているとしたら、それはこの音楽が黒体を掠めてやってくる歪んだ光を把《とら》えたものであるからです。この黒体とは「黒い鳥」のことを言っているのではありません。『百扇帖』が書かれたその数年後に起きた悲劇と現代の悲劇のことです。
私が何を言いたいのかお分かりだと思います。
勿論クローデルが滞在した頃と今とでは余りにも時代に隔たりがあります。しかし悲しいことに余り変わっていないのではないかと思えるふしもあります。
戦争に依存する体制の暴挙は止《とど》まることを知りません。
日本との別れに際してクローデルの胸中では日本の暗い未来への思いがあったはずです。
『百扇帖』の18年後に原爆が投下され日本は占領されました。クローデルは終戦直後に“Adieu, Japon!”を書いて再び日本に悲しい別れを告げています。
その後の日本は立憲民主国家とは名ばかりで事実上は今も占領されていることに変わりはありません。9.11を前後して政治はあからさまな売国奴たちに委ねられてしまいました。しかしちょうどこの作曲中に政権交代が実現されました。本当の民主主義が確立されるまでにはあと2,30年はかかるのかもしれませんが、少しづつ光がさしてきたようです。米国の脅威を利用した官僚支配(虎の威を借りた狐)も砂上の楼閣化しつつあるようです。
こうした次元でのこれ以上の説明はしたくありませんが、Ⅲは複合的な意味での別れの歌です。本来ならレクイエムを奏でるところですが、私の幾分ひねくれた気持ちがこのような形をとらせたのでしょう。北斎とチャップリンの影響が少しあったかもしれません。
p.9の54のチェンバロ独奏による Cadenza ad libitum は、その有る無しも含めてすべてを演奏者の自由に任せたCadenzaです。
Cadenzaの後のp.10のCからを私は密かに「帝国のストレッタ」と呼んでいます。映画っぽく把《とら》えています。
p.11の79の第二の電源OFF、これもまた重要です。第一のOFFに呼応しますが、別種のものです(「帝国の崩壊」?)。
p.12からのコーダはあくまでもお洒落で軽やかであって欲しいと思います。それは次の詩(部分)にインスピレーションを得ています。

 私の手に負えない、だが時としていとしさを増すこの芸術を、
 ラシーヌのように、何かの紋章によって説明するのならば、
 ねずみではなく、白鳥の紋を楯に象《かたど》って、重苦しい蛙は池に残して、身軽な小鳥 を捕まえるであろうに。(〜クローデルが「日本文学散歩」の中で講演の導入とし て朗読したヴェルレーヌの詩から。〜内藤高訳『朝日の中の黒い鳥』)

手紙、以上。

最後に付言しておくが、勿論私は、この機会のきっかけを作ってくださり超絶技巧的なオルガン演奏をもお引受けけくださった早島万紀子先生と主催者でありチェンバリストでありアンサンブル室町主宰のローラン・テシュネ先生に最大限の感謝を惜しまないことは言うまでもない。

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