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2004年7月

2004年7月23日 (金)

オーヴェルニュの歌(1)

 先日(7月11日 墨田トリフォニー小ホール)室内アンサンブルのBouquet des tons の委嘱で編曲したカントルーブの「オーヴェルニュの歌」が初演された。これは作曲家のカントルーブが郷里のオーヴェルニュ地方の民謡を採取したものをソプラノと管弦楽のために編曲したものに基づくもので、つまり編曲の編曲ということになる。ただし、「編曲」と称される分野にはいろいろあって、このカントルーブの場合、これはもうカントルーブという作曲家の作品であると言える次元のものであるだろう。今回の僕の「編曲」とは、あくまでもそのカントルーブの内容に沿ったもので、ほぼ、異なる編成のためだけの編曲であると言える。つまり別の「編曲」の可能性として、カントルーブは無視して、同じ民謡のメロディーに全く異なる編曲を施すこともあり得たのである。例えばベリオによってなされているキャシー・バーベリアンのための「フォーク・ソングス」の中でのように。それは楽器編成のみならず和声付けも異る「ベリオの作品」となっている。でも今回そのようなことはしなかった。
 僕がそのような「編曲」をしなかったのは、依頼主のBouquet des tons(以下BDTと略記)からそうした求めがなかったことにもよるが、僕自身もそれはしたくなかった。全5巻27曲すべてを、(いや、それに留まらず、カントルーブはこのオーヴェルニュ地方の民謡の他にバスク地方の民謡も採取編曲しているのだが、それらも含めて)やらせてください、と無理を承知で言ったほど僕はこのカントルーブの作品をかなり愛しているのだ(バスク地方のも含めてと言ったのには別の理由もあるが、それについてはラヴェルについてのエッセイの時に譲る)。
 ともかく、編曲の参考のために、あらためて何度も何度も「オーヴェルニュの歌」を聴く時間が持てた。かなり幸せな仕事だった。前から思っていたことだが、全曲を通して聴いていると、これは羊飼いたちのオペラなのではないか、という気がしてくる。
 真っ先に編曲したいと思った歌がある。でも、すぐに断念した。「バイレロ」。
 この音楽(カントルーブのオーケストレーション)からは、山々の間から草原に差す明るい陽光や川のせせらぎや羊飼いの笛なんかが聴こえてくる。BDTの編成では全く別世界になってしまうだろう。
「羊飼いさん、野は花盛り。こっちへ来ない?」
「川が二人を隔てて渡れない」
 川を挟んでの問答歌だ。
「バイレロ」を聴くと、歌とは瞬間の永遠化なのだと思えてくる。(つづく) 

 

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2004年7月10日 (土)

永遠の響き〜追悼 金田真一

 5月17日に打楽器奏者で作曲家の金田真一君が亡くなってから七七日が過ぎた。お通夜でお別れしたにも関わらず、まだ僕の中では、ドアを叩けば声が聴こえてきそうな、そんな気がしてならない。
 彼とはピアノとの即興演奏の共演の経験がある。Enigmaというタイトルで公開で2度、個人宅の私的音楽会で1度。Enigma I〜IIIがあるのだ。その1度目の頃、確か打ち合わせの時だったと思うが、彼から1巻のデモテープをもらった。その場で早速ラジカセで聴き始めた。1曲目は「南の島の歌」という彼お手製のサントゥールとリコーダーによるデュオの小品。それはタイトル通りの雰囲気と明るい開放感に充ちた素敵な楽しい演奏だった。好感を持って、さて次の曲はと期待に胸を膨らませて2曲目を待った時、彼は「次の曲は後で一人で聴いた方がいいです」と言って再生を止めてしまった。言われた通りその日の夜にそれを聴いた。彼の言った意味がなんとなく解ったが、マリンバとコンピューターによる静謐ながら極めてハイテンションの曲である。後で彼から聞いた話での「適当に楽器並べて多重録音して応募したら通っちゃった」という、それがフランスの国際作曲コンクールに入選した作品であったと僕は記憶している。僕は彼の音楽の神髄は彼の即興演奏の中に在ると思っているが、常に新しい自分の音楽「That's Next」を追求し、共演者が変われば音楽も変わったが、彼の即興演奏自体は本質的に一貫して変わらなかったと思う。このマリンバとコンピューターによる音楽からお通夜で弔問の皆さんに配布された「波紋」に至るまで。より純度が増し、優しさが加わったかもしれないけれど。
 打楽器を使う作曲の度に彼が念頭にあったと思う。奏法上の技術的アドバイスも幾度となく受けたこともあった。それにオペラ談義もした。10年以上も前のことだが、僕が環境問題から端を発して構想していたオペラが座礁してしまっていた頃だ。オペラのテーマとしてのその問題について意見を聞いたが、その時は結局終末論に終わってしまった。釈然としないままそれから話すこともしばらくなかったが、その後彼はオペラ「地球にやさしい子供」を発表した。それがどんな作品かまだ僕は知らない。きっと彼一流の内容なのだろう。
 友人から聴いた話では、看護婦さんに「僕の音楽は一度聴いたら永遠に忘れることができない」と彼は言っていたらしい。「波紋」は正にそんな音楽だ。だから、一度聴いたらなかなかもう一度聴くことができないでいる。それは天の川を何度も観れない心境に似ていて、言葉にできない。
 これからの作曲を考えるにつけ、いかに彼を頼りにしていたかが判るのである。でも、もう彼に演奏を依頼することも、アドバイスを求めることも、お酒を酌み交わしながらオペラ談義をすることも出来ないのだ。
 でも、また会えたら会おう。今度は天の川の彼方で。

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